青空くんと赤星くん






「ここで配んぞ」



小さな交差点で、歩道の幅も狭い場所だ。
駅近だから人通りは多い。
道路の脇には、『お願い』と大きく書かれた立て看板が電信柱に括り付けられていた。




令和5年1月8日(日)午後19時30分ごろ、この付近において自転車×歩行者の交通事故が発生しました。
事故を目撃された方はご連絡ください。
城元警察署 交通課 TEL000-0000




「暗くて目にとまんねーよな」
「うん」



ここで妹さんは自転車にひかれたんだ。
大怪我を負ったのに助けてもらえなくて、どれだけ痛くて、不安だっただろうか。
そんな場所に立っているお兄ちゃんも、どれだけ辛くて、悲しいだろうか。
それでもここに立たなきゃいけないんだ。



「よく一人で抱え込んだね。今日から私が手伝うから」
「……生意気」
「なんでよ!」



ビラを何十枚か胸に抱いて、交差点の反対側に分かれて配った。
鬼ごっこ、いや赤鬼ごっこスタートだ。



「お、お願いします。交通事故の、目撃情報を、集めています」
「……」



「交通事故の、目撃情報を、集めています、お願いします」
「……」



……配り方が悪いんだろうか?
私はよく目にしたことのあるティッシュ配りのお姉さんを思い出してみた。
たしか、相手が受け取るよりも前に『ありがとうございま~す』と言って配っていなかったかな?
先にお礼を言えば受け取らざるを得ない戦法か。
やってみよう。



「ありがとうございま~す」
「……」



「ありがとうございま~す」
「……」



そんなぁ!
こんなにも受け取ってもらえないものなんだ。



紙を一枚めくって、明るめの声で「お願いします」と差し出してみる。
なるべく通行の邪魔にならないようにして、真正面に立って通せんぼするようなことはしない。
あくまでもポケットティッシュを配っている人のように、自然に紙を出す。



でも、なかなか受け取ってもらえなかった。
特に、シャーと通り過ぎていく自転車には無理だ。
少し遠くから私たちを避けるように距離をとって歩く人。
クリーニング屋から出てきた途端に方向転換していく人。
腕を組んだり両手をポケットに突っ込んで、ボディランゲージで拒否する人。
そして、舌打ちをする人。
そう言う人には無理に近づかなかった。




逆に興味を持って受け取ってくれる人もちゃんといる。
その後にポイ捨てされてしまうこともあったけど、一応は目を通してくれたよね。



事故に遭った日と同じ木曜日、今は19時30分を過ぎたところだ。
この中に目撃した人はいませんか?
そこのスーツのお姉さん、見ませんでしたか?
そこの杖をついたおじいさん、見ませんしたか?
荷物を持ってるところすみませんが、読んでもらえませんか?
黒光りする自転車がシャーと通り過ぎた。
あなたが犯人だったりして、そんなふうに思ってしまう自分がいた。



5回出して1回当たる感じか……。
19時から配り続けて、まだ30分しか立っていないけれど、けっこう疲れてきた。
寒さが体力をさらっていくし、何よりも手がかちかむ。
負けないけどね!



「お~い!メンタルやられんだろ?」



反対側にいる赤星くんが叫んだ。



「ううん!ちょっと寒いだけ!」
「声かすれてんじゃん。コンビニ行ってなんか買ってこい!」
「いい!」
「強がんな。俺カフェオレ!」



赤星くんがポケットからお財布を出して私に投げた。
なんとかキャッチして、お汁粉とコーンスープを買って戻った。



「中で飲んで来いよ」
「いや。一緒に頑張るって言ったじゃん」
「サボってりゃいいのに。……これ、コーンスープ」
「え?……あ!ごめん!カフェオレだったね」
「嫌がらせだろ。俺もよくやった。中一のころ、先輩のパシリがイヤで、頼まれたもんと違うやつを買ってたな」
「私はわざとじゃないの」



たぶん、頭じゃなくて胃で選んでしまったんだ。
二人で缶を振って、底に沈んでいる小豆とコーンを食べるように飲んだ。



「ねぇ、何枚はけた?」
「11枚」
「何か手ないかな?変な帽子を被って人目をひいてみるとか?」
「闘牛が脱いだら、男がわんさかもらってくれたりな」
「……」



脱げるものはコートしかない。
私がコートの牡丹に手をかけると、赤星くんは「冗談だっての!」と慌てて手を掴んだ。
口からコーンが飛び出しきて、私はお腹を抱えて笑った。



「動揺しすぎ。冗談だよ」
「一本背負いしてやらぁ」


袖を掴まれたので、「コンクリの上ではやらないって言ったじゃん!」とジタバタ抵抗していたら、体がポカポカになってきた。



「ここ、チャーハンの匂いがする~」
「すぐそこに中華料理屋があんだよ。店の前は営業妨害になるから気をつけてくれ」



排気口からプワ~ンとただよってくるこの香ばしさは……ごま油、ニンニク、醤油、豚肉かな。
それらが中華鍋の中で、油でコーティングされたお米たちと一緒に炒められていると思うと、胃がギュル~となった。



「もし警察に許可証を見せろって言われたら、俺の鞄に入ってるから」
「ビラ配りって許可がいるの?」
「公道だからな。あ~、チャーハン食いて~」
「杏仁豆腐もセットで!」
「そこはラーメンか餃子か小籠包だろ」
「ラーメンって中華料理屋にあるの?日本食じゃないの?」
「名前からして違うんじゃね?今はラーメンよりジャージャー麵が食いてぇな」
「冷やし中華に春巻きに」
「酢豚にエビチリに」
「麻婆豆腐に」
「北京ダックに」