青空くんと赤星くん






城元行の電車に乗ると、スマホからポンポンと通知音が鳴った。
『青先輩』の文字がステータスバーに表示されている。



……開くのは後にしよう。
喧嘩になるのは必須だもん。
茫然自失している今、その気力は残っていない。
それなのに、スマホがヴィーンヴィーンヴィーンと震えだして、青先輩から電話がかかってきた。



「それ彼氏だろ?出てやったら」
「話す気分になれなくて」
「それだけ言って切ってやれ」
「今話したら、喧嘩しちゃいそうだから……」
「さっき別れたっつったけど、あっちはその気ねぇだろ?」
「どうかな。私以外の女の子と二人っきりで遊んでたのに」



ポン
ポン



内容が気になるのに、見るのが怖いと感じる。
青先輩を怖がっている自分がいる。



「浮気かよ」
「うん」
「……」
「……」



城元駅までの乗車時間は快速でも30分はかかる。
そんな長旅にはもってこいの話題はあった。
こんなに暇しなかったらたぶん男友達に恋愛相談なんてしない、そんな言い訳を考えているということは、私は赤星くんに聞いてほしいのかな。



乗り合わせている人たちはスマホを見たり隣の人とおしゃべりをしたりして、誰も殺風景な窓の外なんて見ていなかった。
赤星くんは脚をえらそうに組んで、頭を後ろの窓に倒して目をつむっていた。



「寝ちゃうの?」
「話したいことがあるなら話せば」
「どうして青先輩は浮気したのかな?」
「んなこと本人にきけよ」
「知るのが怖いの」
「ぜんっぜんわからね。俺なら即問いただす」
「私だってその場で、『その女の子は誰?何してるの!』って言いたかったよ。でも、気持ちがフワっと離れて、終わりを悟っちゃったっていうのか」



この恋はここでジ・エンドという気がしたんだ。
昨日の夜からずっと考えていた。
私たちうまくいっていたはずだったと。



告白されて、恋の種をまいてみた。
そしたら芽が出てたのを確かに感じて、すごく嬉しかった。
これからどんどん根がのびて、葉が出て、蕾ができて、やっと花が咲く、そういうふうに夢見てた。



でも、それは簡単なことじゃないんだね。
花が咲くためには、水や空気があって、適温であって、外敵から邪魔されない、そういう条件が揃う必要があるように、恋愛もそうらしい。
不毛になった土から栄養を吸い上げることはできない。
実にならないなら、ジ・エンド。



「好きじゃねぇのは、闘牛の方かもな」
「え?」
「ふつうは恋人が浮気してたら怒るだろ。騙しやがってって」



怒る……。
心の中に耳を澄ませてみた。
発狂した声を拾いに心の中をさまよってみた。
しなびた茎のあたりから聞えてくるのは失望や悲しさで、怒りの叫びには出会わなかった。
好きじゃないのは私の方だったの……?



「浮気相手の女にも腹立ねーのかよ」



浮気相手の女なんて、考えもしなかった。
私はただただ、青先輩がくれた時間や言葉だけをひっくり返して悲しんでいた。
あのとき、「最低!」と言って平手打ちをするべきだった?
その機会は昨日の夜に完全に逃していた。



ポン



また鳴ったスマホを、今度は開いてみた。
私は怒ってるって感じたかった。
メールを要約すると、謝罪と電話に出てほしいという二点だった。



『今から赤星くんのお手伝いに行ってきます。だから出られません』



赤星くんと書くのは馬鹿正直すぎるかな?
もう終わったんだし、いいかな。



「今日はお手伝いがあるし、明日電話する。あ、妹さんさんのことは言わないからね」
「言わなかったら、手伝いって何だよって疑われるぞ。書けって」
「でも」
「書けって」



『手伝いというのは、ひき逃げ犯探しのビラ配りです』
『俺も手伝いに行く』



「……何時くらいに終わるかな?」
「終電くらいまでかかんぞ。配り切るまでは帰らねぇって決めてるから、そんくらいかかる。雨が降りゃ中止するけどよ」



寒い中、4時間くらい配ってるんだ。
たった一人で、誰にも甘えず、きっと見つかると信じて……。
それなのに、つらい、とは口にしないんだね。
頑張り屋さんだ。



『城元まで来てもらうのは悪いので、明日の放課後にしてください』と打ったら、赤星くんはにやりと笑って、「3番出口を出てすぐのコンビニ、その裏側の交差点の近くにいますって返せ」と言った。



「もしかして、青先輩に手伝わせようっていう魂胆?」
「ボランティア活動にご協力してくださるってんだから、断ることねぇよ」



人出は多い方がいい。
赤星くんも青先輩もそれでいいって言うなら。
私はメールを返した。