「今日、城元駅に行くんだよね?」
「おう」
「頑張ってね。これを食べれば元気と強運が身について、きっと犯人も捕まえられるよ」
「それ、ぜってー中にヤバイもん入ってるだろ」
私はヤバイもん入りエビフライ弁当を渡した。
「指どうした?」
「これは突き指。突き指しちゃって」
「どんくせぇ。ありがとな」
自分でも驚くほどとっさに嘘をついた。
さっきまで忘れていた指先の痛みが、「突き指じゃなくて切り傷だよ」とジワジワ主張してくる。
お弁当にオレンジは入っていない。
私の血がついてしまったからだ。
他人の血は感染症を引き起こすかもしれないからね。
料理部では、手指に怪我をしている子は調理実習には参加しちゃいけない決まりになっている。
食中毒を引き起こす黄色ブドウ球菌というのはどこにでもある菌で、みんなが持っている。
鼻の中にもいるし、ニキビにもいるし、傷口にもいる、すごく身近な菌。
その黄色ブドウ球菌が食べ物に付着して増殖すると、食中毒にかかりやすくなる。
だから、菌を食材につけちゃいけないよ、絆創膏をしていてもダメですって抹茶先生は言っていた。
人に食べてもらうなら、見た目や量よりも衛生が第一だ。
血みどろオレンジの代わりとしてリンゴを入れた。
これはお母さんが剥いてくれたうさちゃんリンゴだ。
「彼氏は弁当のこと知ってんのか?」
かれし。
今は考えないようにしていたのに……。
赤星くんに手作りお弁当を作ることが私にとってセーフだと思うように、青先輩もプリクラはセーフだと思ってたのかもしれない。
あの隣にいた女の子が、友達なのかはわからないけど……。
「知らないよ。それを言ったら妹さんのことも話さなくちゃいけないからね。でも……、もう言ったところで反対しないと思うけど……」
「えらい寛大だな」
「むしろ感謝してるって言ってたよ。夜送ってくれたことに」
「余裕かよ。もしくは、愛されてねぇとか」
「……そっか。そうだったんだ」
愛されてなかったんだ。
メールでたくさん『好きだよ』と気持ちを届けてくれた。
会えば『好きだよくるみちゃん』と可愛がってくれた。
それ全部、ぜんぶぜんぶぜーんぶ嘘だったのか。
「おい。冗談だって」
赤星くんが焦ったように「おいこら」と呼んできた。
話す気にはなれなかったから体の向きを前に変えた。
「小枝~」
アイスが解答用紙を受け取って、嬉しそうに平山くんに見せびらかした。
あとで何点だったのかきこう。
でも、どうでもいいような気もする。
テスト結果も世界情勢も、青先輩のことに比べれば全てどうでもいいような気がした。
プリ機の中に入ったとき、たしかパシャって音が聞えた。
アップじゃなくて全身撮影なら、みんなの唖然とした顔が映り込んだはずだ。
こんな奇跡はほしくなかった。
「聞いてんのか?牛糞」
昨日、プリクラコーナーは女子中高生でにぎわっていた。
いまどきスマホからいくらでも綺麗に加工して撮れるっていうのはわかってるけど、こうしてわざわざ足を運んで有料で撮ることは、写真館で記念撮影するような特別な感じがする。
前に、友達と撮ったプリクラをお母さんに見せたことがあった。
そのとき、『プリクラってお母さんが若い頃からあったのよ』と言われて驚いた。
プリクラの方が携帯電話よりも先に生まれたんだって。
令和になってもオワコンにならないのはすごいよね。
『お母さんの頃は、もっとスタンプとか文字とか詰め込んでたけどねぇ。顔も今みたいに別人のようにはならなかったわ』
『別人じゃないもん。メイク機能っていうのがあってね、顔が盛れてるだけなの』
『お母さんのしわも隠せるかしら?』
「牛糞。こっち見ろ」
「……別れたの」
あれから連絡が一回もない。
これは、そういうことなんだよね?
そうなると、あの女の子が本命で、私が浮気相手だったのかもしれない。
ただの友達なら、連絡どころかあの場で否定できたはずだ。
好きだって言ったじゃん。
言ってくれたじゃん。
告白したのはそっちからでしょ。
どうしてどうして……。
唾液が糊のように上顎と舌をくっつけて、今は声を出すことすら力が必要だった。
だから、「さすがに牛糞はひどくないかな。女子に向かって糞はないよ」と言い返すことすらできない。
「ビラ配り手伝え」
「……ビラ配り?」
赤星くんが鞄からビラを取り出した。
それを解答用紙の手前に重ねて、用紙を見ているふりをしながらビラを読んだ。
<交通事故の目撃者を探しています>
令和5年1月8日(日) 19時30分頃 城元五丁目北交差点にて、歩行者と自転車による交通事故がありました。
事故発生状況および犯人が不明なため、目撃者を探しています。
犯人逮捕にどうかご協力をよろしくお願いします。
ひき逃げ犯の特徴
ロードバイクもしくはクロスバイクに乗ったスーツ姿の男性
歩行者の女子児童(12歳)が脳挫傷と大腿骨骨折の重症を負いました。
些細なことでも結構ですので、お心当たりのある方は下記までご連絡ください。
連絡先 城元警察署 TEL000-0000 E-mail:----
紙の下半分には現場交差点の写真が貼ってある。
「救急車を呼んでくれた人以外の情報がねーんだ」
「被害届は出したの?」
「とっくにな。でも収穫なし。……テストで負けたら何でも言うこときくっつったよな」
「言ってないよ」
そんな約束を、何気なく高得点を取ってくる人とするはずがない。
噂と違って、この赤星欣司という男子は不良どころか成績優良児なのだ。
「でも、力になりたいとは言った。私も一緒に配らせて」
頷くと、赤星くんは「闘牛って顔してんぞ」と言って、右手を差し出した。
「よろしく頼む」
「一緒に頑張ろうね」
その手をパチンと合わせた。

