角から何かがぬっと出てきた。
私は尻もちをついて、体をかたくかたく抱いた。
「ウオオ!!」
男性の大きな声。
次にキュッ!というブレーキ音が聞えた。
目をつむって次の衝撃に怯えていると、後ろの方から違う男性の声がした。
――――――あか、赤星くん?
……幻聴?
「てめぇ!このクソ女!ひき殺すぞ!」
襟をグワっと掴まれて、無理矢理に背中を起こされた。
目を開けると、黒色のスーツを着た男が鬼の顔で迫っている。
しっ、絞め殺されるっ!
唾を飛ばしながら、「許さねぇ!こっち見ろや!」と叫んだ。
でも、尖った犬歯しか見えなかった。
思考も視線もなにもかも、体の全てが固まってしまっている。
「おいこらっ!聞いてn!」
突然、目の前の光景が変わった。
男が吹っ飛んで、紙芝居がスライドしたように赤星くんに変わる。
赤星くんだ……!
心の奥で花火があがる。
赤星くんがきてくれた……。
ロングコートがマントみたいに夜風にひるがえっている。
ナイトだ。
ただし、その顔は顔面凶器。
男が私を睨みつけた顔よりもずっと鬼の形相だ。
男は怯えた表情で横腹を押さえて、赤星くんを見上げている。
「クソがっ!」
赤星くんが男に食って掛かった。
「ここは歩道だぞ!自転車がスピード出してんじゃねぇっ!」
どすのきいた声に、男は震えながら「じ、自転車だって通っていいんだっ」と返して、数メートル先に転倒している自転車まで走った。
でも、赤星くんがサッカーボールを蹴るみたいに脚を動かすと、男はすっころんだ。
「いってぇ!」
「狭い歩道でスピード出して、しかも夜道だろーが。車道行けよ!車なんかぜんぜん通ってねぇだろ!」
「お、お、俺の勝手だろっ!」
赤星くんは四つん這いになっている男の腹を、下から蹴り上げて仰向けにさせ、男の上に馬乗りになって「ひき逃げはゆるさねぇぞ!!」と、怒鳴り散らした。
「相手は自転車よりも素手手足なんだぞ。……ひかれた人の気持ち考えたことあんのかよ?軽い打ち身ですむと思ってんのか、あ?」
「……」
「入院して、不安なままリハビリすんだぞ。どんなけ惨めかわかってんのかよ……!どんなけ泣けば……。体の不自由だけじゃねぇぞ!」
「うっせぇ!どけこの野郎!」
男は必至でジタバタ手足を動かしが、赤星くんが脛で相手の二の腕を踏んで固定した。
「クソがっ!クソがっ!」
右手を腕まくりした赤星くんに、その場が凍り付いた。
男は反射的に目をつむった。
私も目を覆った。
ノックダウンさせるつもりなのか。
男の頬骨と彼のげんこつが当たる音がする。
ゴッゴッゴッ
その音の向こうに、ボコボコに凹んだ男の顔を想像した。
それ以上したら……。

