帰る前に、ついでにマーカーペンを買いに2階の書店へ寄って行くことにした。
文具コーナーを探していると、少女漫画コーナーにボルドー色のロングコートを着た男性が立っていた。



……その後ろ姿には見覚えがある。
まさかこんなところで会えるなんて。
ちょっと思いついて、私は後ろから足音を立てないようにそっと近づいた。



「手を挙げろ。さもなければ撃つ!」



相手の腰に人差し指をプスっと刺すと、彼はパシっと払いのけて腕をひねり上げた。



「イタタタッ!」
「柔道部なめんな」
「手ぇ!はなしてぇ!」
「ごめんなさい、は?」
「ごめんなさい~!」



本気で捻ったよね?と恨みったらしく睨むと、切れ味のいい目がほころんだ。
その笑顔は反則だよ、赤星くん。



普段は全員同様の制服を着ているから体の個体差ってわかりずらいけれど、私服となれば嫌でも体の特徴が顕著になる。
ボルドー色のコートが黒い肌によく馴染んでいて、素敵な大学生風のお兄さんに見えた。こういうのを、私服マジックと命名したい。



私がよく見るのと同じように、赤星くんも私の全身を見てきた。
急に恥ずかしい気持ちになる。
腕を胸の前で組んで、少し背伸びをしてみせた。



「あの。金曜日はごめんね。変なこときいて」
「やだね」



そっぽを向かれてしまった。
そのとき、赤星くんが少女戦士の漫画本を後ろに隠した。



これは小学生に大人気の漫画で、アニメにもなっている。
ラズベリー色のツインテールが印象的な主人公だ。表紙には、大きな瞳の女の子がヒラヒラした短いスカートを履いて、スティックからハートのビームを噴射している。



「赤星欣司くんは少女漫画を読むんだね」
「妹のだ!バーカ!」



最新刊を頼まれたんだ、と言って、私の頭をはたきおとすように新刊が直撃した。



レジに向かう途中で、赤星くんは週刊少年誌の棚の前で止まった。
それを手に取って、雑誌の上に漫画本を裏にして置き、レジの方を見た。
並べばいいのに遠くから見ている。
お客さんがいなくなるまで待つつもりかな?



「よかったら、それ私が払ってくるよ」



恥ずかしがり屋で優しいお兄ちゃんから漫画本だけを取ってお会計を済ませると、手ぶらの赤星くんが出口で待っていた。



「サンキュ」
「どういたしまして」
「で、こんなとこで何してんの」
「たい焼きを買いにきたの。ここの下にある『市来』は知ってる?それお母さんから頼まれて」
「おつかいできてえらいえらい。さすが牛蛙」
「赤星くんはなにしてるの?家はここらへんじゃなかったよね?」
「牛蛙もだろ。たい焼きのためにはるばる来たのかよ?」
「違うもん。さっきまでデートだったの。青先輩の家がこの近くで。そのついでだよ」
「あっそ。じゃ、気をつけて帰れよ」
「赤星くんも答えてよ」
「ついてくんな」
「私だってこっちなんだもん」
「ペットショップはあっちだぞ、牛蛙」
「牛蛙って言わないで!そっちこそ付いてこないでよね」



なんてことをエスカレーターを降りながら言い合っていたら、一階の出入り口に出てしまった。



「牛蛙どっち」
「駅の方だから、こっち」
「俺はあっち」



左右に綺麗に分かれた。
ここにいる理由くらい教えてくれたっていいのに。
別にそんなに知りたいわけじゃないけど、答えてもらえないとジワジワ気になってくる。
電車で帰らないなら、チャリでここまで来たのかな?
それとも家族で来ていて、車で帰るんだろうか。



「もう暗いから、さっさと帰れ」
「言われなくても帰るもん」
「ウチカエルもん。側溝に落ちるなよ」
「全然面白くない」



手でしっしっと払われてしまい、私は「あばよ」って言いたくなった。
月曜日まで覚えておきなさいよ。
赤星くんはいつも「なにしてたの?」に答えてくれない。
もう知らない。
知りたくもないもんね、別にさ。
早く帰ってたい焼きを食べなくちゃだもんね。
マーカーペンも買ったことd……。



「買ってない!」



デパートへ引き返すと、赤星くんが私を見ていて目が合った。



…………またこの表情だ。
あの日送ってくれた帰り道も、こんなふうに寂し気だった。



「なんで戻ってくんだよ」
「マーカーペン買い忘れちゃって。赤星くんこそ、どうして突っ立ったままなの?」



赤星くんは靴裏を地面にジャッジャと擦り付けて、「今帰ろうとしてた」と言い、背を向けて歩いていった。