タイミングを逃してしまった。
「その彼女って私なの」と言ってしまえばよかったのに。
もう、私ってどんくさいんだから。



教室についたらちゃんと言おう、そう思って昨夜は寝た。
でもいざ朝になると、面と向かって言うよりも、昨日のうちに餅ちゃんにメールをすればよかった、と後悔した。
そっちの方がずっと楽だったのに、もう一度タイミングを逃してしまった。
学校に着いてからメールをするのは変だし、もう直接話すしかない。



こんなときは力をつけるために、あれを食べよう!
コンフレークに生クリームをこんもりのせて、ファミリーパックからディッシャーでクルッとすくったチョコアイスをのっけたら、なんちゃってパフェのできあがり。



小学生のころから親の目を盗んで食べている、秘密の朝食だ。
『それは朝食じゃなくておやつだよね?』という心の声は無視して、いただきます。
濃厚なミルク感があって美味しい。
私の胃は生クリームをパンパンに詰められたシュー生地のように膨れていった。



校門に入ると、スカートを短くした3年生たちが私の方を見て……いや、睨んでいた。
4,5人の先輩たちと目が合う。
ゆっくりそらしながら、気のせいだ、と言い聞かせて、表階段を駆け上がった。



「クルミ!」
「アイス!おはよう!」
「ちょっと来てっ」



アイスは私の腕を掴んで、大きな桜の木の下まで引っ張った。



「その様子だと、見たんだね?」
「なにを?」
「あんただって特定されてたやつ」
「え?」
「ちがうの?これのことだけど」



スマホの画面には、私と青先輩が夜景をバックにして撮った初めてのツーショットが映っていた。
前に青先輩がPHOTO BOOKにあげた夜景の写真だ。
それが添付されて、『これって2年の牛尾田じゃね?』というメッセージと一緒に、昨日の夜に投稿されていた。
バッドボタンが120個も押されている。



「ちょっと、大丈夫?」
「うん。驚いただけ。これ誰のアカウント?」
「誰かは不明なんだよね。『加茂高の姫』っていうハンドルネームでやってるんだけど。悪口とか甘党王子様のことをよく呟いてる。内容からして3年だとは思うけど」
「イタイ名前だね」
「姫なのに公立校。で、そいつの投稿に、3年の梨華先輩、ほら、あのキツい感じの美人。甘党王子様の取り巻きのリーダーっぽい人」
「ん~?」
「どっかに顔写真あるんじゃ……あった」



写真を見てやっと思い出した。
たしかに見覚えがある。
体育祭のときの集合写真で、ついでに中央には青先輩も写っていた。



「梨華先輩が『やめてあげて』ってリプしたけど、広まってる」
「梨華先輩って優しい人だね」
「この夜景写真からクルミを特定したんじゃないよ。だって、あたしの目から見ても、誰がどー見ても、たこ焼き人間にしか見えないもん」



それは餅ちゃんもそうだったみたい。
アイスも餅ちゃんも同じクラスで、毎日一緒にお弁当を食べて、部活も一緒、そんな友達が気がつかなかったんだから。



そのメッセージには他にも、『下の階が気になるってそういうことかよ』と書かれてあった。
これは告白の次の日に青先輩が投稿したやつだ。



「甘党王子様ルートからばれたんだぞ。あたし、誰にも言ってないし」
「疑ってないよ。アイスは親友だもん。それに、ばれたっていうより、実はばらしたの」
「ばらした?」
「甘党王子様と一緒に下校したの。隠すのはやめるって私から言ったの」
「ああ、部活が休みの日でしょ。熱いキスした日」
「熱くない。盛らないで」



あれは勝手にマスクを外されてチュっとしただけなのに、思い出すと服を脱がされたみたいに恥ずかしかった。



「それを目撃されたってだけか」
「うん。学校って狭いね」
「ま、ばれてもいいんなら問題ないか」
「心配させてごめんね」
「いいって」



私は息を大きく吸って一気に吐いた。
自分の知らないところで自分の名前が出回っているこのシチュエーションは怖かったし、何より不愉快だった。



教室へ入ると、先に来ていた餅ちゃんは、机に肘をついて顔を両手で覆っていた。



「餅ちゃん、おはよう」
「……」



無視されて、ああ餅ちゃんも知っちゃったんだ、とわかった。
昨日、言えなかった後悔がどよんと押し寄せてくる。



私はしゃがんで、餅ちゃんの手の甲に向かって「ごめんね」と謝った。



「付き合ってること、黙っててごめん。昨日言えなかったから、今日の朝一番に言おうと思ってたの。本当だよ」
「……」
「それに、餅ちゃんずっと休んでたから……」



沈黙を決めこまれてしまい、沈んだ気持ちのまま席を離れた。



4限目が終わったとき、餅ちゃんがすぐに私の席へ来て、腰に手を当てて言った。



「どーして昨日の帰りに、青先輩と付き合ってること言ってくれなかったの?」
「……言いづらくて」
「その理由をきいてるの」
「餅ちゃんが、青先輩のことを気になってたから」
「で、優越感に浸ってた」
「違うよ!」



私はブンブンと首を振って否定した。



「アイスには言ってたくせに」
「ごめん。それも、ごめんね」
「私は、アイスに言うことはクルミにだって、クルミに言うことはアイスにだって、ちゃんと言ってきたのに」



昨日の帰り道に餅ちゃんは、『今から言うことはあんまり人に言ってもわかってもらえないって思うから、言うのはクルミが初めてなんだけど』と言った。
その話をアイスにはいつ言うの?
それってタイミングの問題で、話す順番がズレただけじゃないの?
心の中でモヤモヤが広がった。



でも、それを言っても餅ちゃんは納得しない。
きっと、餅ちゃんは仲間外れにされたような気持ちになったんだ。
悲しくって怒ってるんだから。



「言うのが遅れたのは本当にごめん。でも、授業前に言ったように、朝一番に言うh」
「もーいい。クルミとはお弁当食べたくない。アイス学食行こ」



餅ちゃんはアイスを睨んだ。
アイスは明らかに困った顔をした。



「アイスは餅ちゃんと食べて」



『私はほっといていいよ』というつもりで、アイスに頷いてみせた。



アイスはきまりが悪そうに餅ちゃんについて行った。



教室のみんなはどんどん机と机をくっつけたり、椅子とお弁当を持って移動し始めた。
その中で私だけポツンと離れ小島のように孤立している。



……どこかのグループに入れてもらえないかな。



輪になって食べ始めているグループには、それぞれの特性がある。
部活が同じだったり、同中だったり、容姿の美醜レベルが同じだったり。
その輪には、同じ因子で作った結界みたいなものが張られている。
私が輪を飛び出して他の輪に入りにいくなんて、結界を壊しにいく危険因子みたいなものだ。
これが1学期だったらまだしも、固定された輪が完成されている3学期では、悪目立ちするだろうな。



悪いのは私なのに、涙がポロっと一滴こぼれた。
友達から距離をとられるのって、あの中学3年生のとき以来だ。
また嫌な記憶がよみがえってしまった。
あっちにいってよ。



「ここにきて2回目だな」



赤星くんの低い声が聞えた。
さっと涙を拭いて隣を見ると、呆れたような表情の奥に、少し動揺しているような様子も見えた。
今の喧嘩を聞かれちゃったかな?



「2回目?何の話?」
「ついてこい」



赤星くんは私のランチバッグをひっつかんで教室から出て行ってしまった。



ちょ、ちょっと待ってよ。



私は赤星くんをというよりも、お弁当を追いかけていった。
185cm以上はありそうな長身の彼は歩幅も大きくて、グングン廊下を進んでいくが、みんなよりも頭ひとつぶんは出ているので、なんとか見失わなかった。