「そろそろ多数決をとります。『校庭』がいい人、挙手!」
目を開けると、目の前にいくつかの腕が伸びていて、つられて私も挙げた。
そうか……あれは意図した事故だったんだ……。
ダラッと腕を落とした。
中野夫婦が「ちょうど20人だ!やり直し!」と言うと、教室がざわついた。
半々で別れてしまい、校庭派と公園派に別れてディベート対決が始まった。
「赤星くん。大事な話があるの」
「やっと付き合う気になったか?」
「違う。……ナッツのひき逃げ犯、わかっちゃった」
椅子が動く音がして、私も椅子ごと赤星くんの方を向いた。
みんなのディベートに参加するような姿勢を取りながら、彼の大きく見開いても鋭い目だけを見据えた。
「覚えてる?1月に私が自転車に乗ったサラリーマンにひかれそうになったこと」
「ああ。病院前駅の近くだろ?」
「うん。そのすぐ前にね……、私も髪の毛を誰かに触られたの」
「……」
座高の違う私と目線を合わせようとしたせいか、赤星くんのただでさえ鋭い目が三白眼になって、よりすごみが出ている。
これでは赤星尋問官に詰問されている牛尾田容疑者だ。
「ナッツは犯人の顔が暗くて見えなかったんだよね?それって、ヘッドライトがついてなかったってことだよね?わたs」
「あのときもついてなかった!」
「そうなの。私は後ろからリンって音が聞えたから歩道の端にどいたときに髪を触られたの。一瞬のことで気のせいみたいに感じたし、その後あんなことがあったから、すっかり忘れてた。なt」
「夏もそうだったんだな」
タカかワシ、いやトンビだったかな。
とにかく猛禽類のどれかだ。
小学生の頃に校外学習で森に泊まったときのこと。
登山コースのはずれにあった、山の開けた草地の上を空高く滑空している猛禽がいた。
しばらく見上げて見ていると、クルクルと旋回していることがわかった。
しだいに飛行コースはその真下にいた野うさぎめがけて急降下した。
牙のように大きく鋭い爪を立てられて捕獲された野うさぎは、ピクピク痙攣して捕食者とともに飛翔し、巣へと連れ去られていった。
そのシーンは屋外にある炊事場でカレーを作っているときも、キャンプファイヤーをしているときも、家に帰ってからも、しばらくは忘れられなかった。
自然界は弱肉強食なんだってことを、今になって思い出した。
地上の獲物を物色しに旋回していた猛禽のように、あのひき逃げ犯も一度ナッツを自転車で追い越した。
そのとき、きみに決めたと唾をつけるように髪を触って……。
その後、直線飛行する猛禽のように獲物をシャーッと自転車でひくんだ。
「思い出せただけでもナッツはすごいと思うよ。ねぇ、でも、城元駅と病院前駅とでは場所が離れs」
「いや、同じ場所で繰り返すほうがおかしい。城元駅だったり病院前駅だったり、場所を変えて捕まらないように用心してんだ」
「そっか。自転車なら移動できる距離かな。……髪を触られたときね、勘違いかもって思いながらも、たしか怖くなってゆっくり歩いたんだ。だかr」
「あいつの計ったタイミングとズレて衝突を回避できたのか」
「そうなの。追い越すときに髪を触って、速度を計算してからまた戻ってきたんだ。これはやっぱり同一犯j」
「だとしても逃がしちまった!ちくしょう……!あのとき警察に通報しときゃよかった……!」
赤星くんは肩を上げて唇を噛んだ。
手を握ってあげたい、と思ったけど今はLHRの時間だ。
席を立っては目立ってしまう。
「通報はしたくなかったの。赤星くんが柔道部だから……、そういう経験者って蹴ったり殴ったりしたら捕まるって聞いたことあって……。ごめn」
「謝るな。俺のこと心配してくれたんだろ」
「そうだけど、でもg」
「武道の経験者が手を出しちゃいけないっつー法律はねぇよ。たんに正当防衛になりにくいから、やるときは怪我させないように気をつけろってくらいだ」
「そうなんだ。というか、さっきから言葉尻とりすぎ!落ち着いて!」
「……そーだな」
深呼吸をした赤星くんは周りを見て、「あいつらの方が落ち着くべきだ」と言った。
アイスが「公園はこの花見シーズン中は混んでるでしょ!」と言うと、平山が唾を飛ばして「公園のが学校の桜より咲いてんだって!少しぐらいは我慢しろ」と言い返した。
するとアイスは平山よりもさらに大きな声で、「おまえは商業高校の女子目当てで選択してんだろ」と一蹴した。
いいよアイス、もっとうるさくしてて。
「でもね、犯人の手掛かりは他にもあるかもしれないの」
「は?」
「まだあの時の写真は残ってる?免許証をスマホで撮ってたでしょう!」
「消したにきまってんだろ……」
「ゴミ箱に入っただけじゃないかな?それだと、確か3か月くらいは残ってなかった?」
赤星くんが素早く引き出しの中でスマホを覗いた。
たしか、あの日は青先輩の家でテスト勉強をした帰りにたい焼きを買い、その帰り道の出来事。
つまり、学年末考査よりも前だから、2月上旬の土曜日だ。
それからまだ1か月ちょいしか経っていない。
「俺のは60日後に削除……ギリあるか……」
「お願いお願い…………」

