教壇に立った中野夫婦が「「静かにー」」と言った。
「前にもお知らせしたとおり、昼から3組でお別れ会&花見です。これから買い出しメンバーを決めたいと思います」
「誰かやりたい人いませんかー?」
中野さんが頭の横で手をヒラヒラさせると、あちこちで話し合いが始まった。
「どーする?うちらで行く?」
「えー、いいけどぉ。でも、二人じゃ重くない?男子も誰か来てよ」
「男子も誰か手伝ってー」
視界の端で平山くんが背中を曲げて縮こまるのが見えた。
にぎやかなことは大好きだけど、どうやら買い出しは面倒くさいらしい。
横目で荷物持ちにぴったりな力持ちを見た。
本人は花見の宴にもう浮足立っている3組のみんなを……悲しそうに見ていた。
少しびっくりした。
学校の桜はまだ大半が蕾で、お先に咲いている枝でもまだニ分咲き程度。
花盛りの宴とはいかないけど、足元に咲く小さなオオイヌノフグリやタンポポの花が道を彩っているはず。
野花の絨毯とみんなと御馳走があれば楽しみなはずなのに。
あんまり乗る気じゃなさそうなのは、もしかして。
「ナッツに何かあったの?」
「あ?べつに」
「無事に退院して、卒業式にも間に合ったんだよね?」
「おう。車椅子も卒業した」
「でも、まだ何かあるんでしょう?赤星くんがそういう目するときは、ナッツのことだってわかるよ」
「ほんと俺の方向くの好きだな」
「そっ、そんなことない!」
急いで前を向くと、いつの間にか買い出しのメンバーが決まったみたいで、今の議題は何を買うのか、についてだった。
「チキン」
「炭酸」
「アイス」
「ピザ」
「寿司」
と次々に意見が出て、書記の板書が追いついていない。
赤星くんが体を左へ傾けたので、私も体を右へ傾けた。
「夏はまだギプス外れてねぇし、リハビリ通院中なんだけどよ。卒業式の打ち上げがボーリング大会だった」
「そんなぁ」
「松葉杖ついたままじゃ参加できねーよな」
クラス行事に自分だけ不参加なのはかわいそうだ。
冬休みから始まった約2か月の入院生活。
退院したそのあとにはリハビリ通院があって、自力で歩けるようになるまでまだまだかかるんだろう。
私は骨折した経験がないからわからないけど、ギプスをはめて松葉杖をつきながらの学校生活は、足枷がついたように窮屈で不便だろうな。
「ただな、脳挫傷の後遺症がでてねーんだ。運動機能障害とか知的障害とか麻痺なんかもない。回復は順調。すげぇよく食うし」
「食欲があるのは元気な証拠だね。よかった」
「それがよ、元気ねぇんだ。外出するときは怖がって俺について来いって言うし。一人では外出したくねぇんだとよ」
「精神的に不安定なの?」
「そ。ちょうど今日も整形外科について行かなきゃなんねーから」
「今日?お別れ会は?」
いきなり赤星くんが声を張り上げて「俺パス!用事ある」と言った。
後ろを向いた複数の男子たちから「はっ!?」という声が上がる。
岩ちゃんも後ろを向いて、どうして?と残念そうな顔を向けた。
残念無念なんだよ、岩ちゃん。
赤星くんは優しいにぃにだからクラス会よりも妹を優先する男なんだよ。
って、岩ちゃんその表情はなに?
もしかして……?
「用事ってなんだよ?」
平山くんがきいた。
「俺の分食っていいぞ」
赤星くんは質問を無視した。
「おっしゃ!赤星のチキン俺がとった」
「早めに終わったら行くから、やっぱ残しとけ」
「どっちだよ。遅れてくるやつは残飯処理係だからな。早めに来いよ」
「へいへい」
議題は場所に移った。
桜が咲いている場所なら校庭か、ここから近い駅裏の公園がいいんじゃないか、という2つの案が出た。
中野くんが「多数決とりまーす。しばらく考えてください」と呼びかけた。
考えるまでもないよ。
あの公園は青先輩とデートした思い出の場所だ。
私にとって特別な場所。
できれば上書きしたくない。
「ナッツさ、赤星くんが一緒についてきてくれるとファイトがぐんぐん湧いてくるんだよ」
「うっせーな」
「宇宙一優しいにぃにだね。私が赤星くんの分ちゃんと確保しておくから、安心して遅れてきて」
「……頼んだ」
ナッツのにぃにのことが大好きなんだって気持ちは、私にもわかるかも。
少し違う意味での好き、かもしれないけどね。
岩ちゃんも違う種類の好きでありますように。
「あそうだ。不審者がいたんだとよ。事故る直前に誰かに髪の毛触られたって。退院した後に言いやがって」
「髪の毛を?」
「そ。ビラ書き直しだ。まぁ、その不審者とひき逃げ犯が同一人物かはわかんねぇけど。そのせいでか春休みだっつーのに遊びに行きたがらねぇんだ」
ナッツのように被害者になってしまった人には、怪我が治っても絆創膏やシップでは治せない心の傷も負うんだ。
世の中に不審者がいるのはわかっているのに、いつどこに現れるかわからないから、余計に怖いんだろうな。
最近だと私も梨華先輩に襲われたし、もう少し前にはサラリーマンに首をしめられて乱暴なことを…………。

