この3組でいられるのも1週間を切った2月下旬は、掃除当番さえ思い出に残る日々を送っていた。



ただし、3年生を送る会と卒業式、そして自分たちの終業式やらの準備に追われ、10分休みすらやることがあって忙しい。



3学期最後の部活は調理室の清掃活動だ。
調理台や床はもとより、ドアノブや食器棚、備品なんかの掃除も行い、次亜塩素酸ナトリウムの薬剤も使って徹底的に消毒した。



これだけ綺麗に掃除をして換気をしても、他の教室とはどこか匂いが違う、優しい味が染みついている調理室が私は好きだったりする。



水道水で台拭きを洗っていたアイスの手先はピンク色に膨らんで、窓の外に見える桜の蕾のようにグっと手を握りしめていた。
その冷えた手をとって包む。
調理実習がないときは湯気やオーブンの熱で暖まらないから、教室全体が大きな冷蔵庫みたいに冷えてしまうのだ。



「そろそろ片づけてくださーい。残りの時間で3年生への贈り物を作りまーす」



調理台の上に画用紙を広げてハサミで切り取ったり、折り紙を細長く切って輪っかをつなげたり、風船を膨らませたりして飾りつけを作った。



「2年楽しかったなー」



餅ちゃんが色紙の中央に『みたらし先輩へ』と書きながら言った。



「私も。色々とあったけど、なんだかんだ1年の時より倍楽しかったなぁ」
「3年はもっと楽しいって。なんたって受験生だからね」



あははと乾いた声でアイスが笑い、私と餅ちゃんがため息をつくと、机の上から『3年生のみなさんへ』カードがはためいた。



私は餅ちゃんから回ってきた色紙を受け取った。
そこには『みたらし先輩へ。今までお世話になりました。元気でいてください。ありがとうございました。餅より』というメッセージがつづられていた。



大体の人がこの文面で書くから、私はなんて書こうか迷ってしまった。
このみたらし先輩とのエピソードが何もないのだ。



仕方がないからフレークシールの中から目玉焼きや寿司のシールを貼って余白を埋めた。
その横に、『みたらし先輩へ。ご卒業おめでとうございます。部長としてさらに精進できるよう頑張ります。クルミより』と、これまたありがちな寄せ書きをしてアイスに回した。



アイスは大きな字で『アイス』とだけ書いた。



「ただのサインだよ!」
「今考えてんの!」



1秒だけ止まって、ちゃちゃっと『これからも頑張ってください』と付け足した。
それをアイスは他の班に回しにいった。



「来てたのっ!?」



アイスが驚いたような声をあげたので、私もそっちに駆け寄った。
その班にはずっと部活を休んでいた1年生の白玉米粉がいた。
つまり、青先輩に失恋した子たちだ。
二人は私とアイスを見ると色ペンのキャップをはめて気まずそうに下を向いた。



「来てたんだね。退部しちゃうのかと思って心配したよ」
「いえ……」
「えっと、次の実習は春らしく桜餅と草餅作りだから来てくれてよかった。二人の名前にぴったりだもん」
「あの……。部活を休んですみませんでした」
「すみませんでした」
「いいよ。私もごめんね」



失恋のショックを与えた相手に謝られるのは逆に気に障るんじゃないかと思ったけど、お互いに苦笑いで誤魔化した。
とりあえずは一件落着かな。
私と青先輩が別れたという噂が流れてすぐ部活に顔を出したということは、元カノならOK、ということなんだろうか。



「これ書いて回してね」



アイスが優しい声色で色紙を渡すと、二人はやっと顔を上げて「はい」と返事をした。



……よし。
来年度の部長としての目標は、後輩ともっとコミュニケーションをとって、色紙が熱い思いで埋まるような信頼関係を築くことだ。
そして、アイスと餅ちゃんと一緒に、実習の思い出が刻まれた私たちだけの特別レシピをもっと増やしていくのだ!