洋一は荒れに荒れている伊織に立ち直ってほしくて、一緒にバンドをやらないかと誘った。


前から興味があった、ドラムセットと防音室は、父親に言えばすぐに用意してもらえた。



楓もギターに興味があって、伊織もやりたいと言っていたから、すんなりバンドをやる話は立ち上がった。



問題はボーカルとどういう路線でいくかというところだった。



カラオケ屋に行き考えていると、洋一に着信が入った。



『もしもし。』


『洋ちゃん、今何してるの?』


『カラオケにいるよ。伊織たちと。』


『え!伊織くん?私も行く!』



さりなは中学入学のときに知り合った。
荒れに荒れていたさりなだったが、洋一には懐いた。


洋一もさりなと一緒にいることは嫌じゃなかったから、こうしてたまに遊びの場に呼ぶこともあった。


さりなが伊織を気に入っていることを洋一はなんとなくわかっていた。



カラオケに来たさりなは、自分の歌いたい曲を選んで歌い始めた。




さりなは前から思っていたが、歌が上手くて、声も綺麗だ。




伊織はスマホから顔を上げて、歌っているさりなを見た。



そして翌日にはさりなをボーカルにしたい、と言い始めたのだった。



『たしかにさりなは歌上手いけど、バンドなんかやるかなぁ?』



『あんなに上手いのに誰かに聴かせないなんて勿体ねーじゃん?』



『じゃあ、お前、誘ってみろよ。』



『俺が?洋一のが仲良いじゃん。』



『いや、おまえから誘えよ。』



伊織は首を傾げたが、その後さりなをバンドに誘った。



『私をボーカルに?』



放課後の教室で誘った。
するとさりなは伊織にこう言った。



『いいよ。』

『本当か?』

『でも、交換条件付けてもいい?』

『え?』

『私のこと、彼女にしてよ。』



さりなの無理難題を伊織は1日考えて受け入れた。


『えー。伊織、お前、いいのか、それで。』


『うん。あいつの歌は凄いよ。俺、とにかくあいつの歌のために弾きたいなって気持ちなんだ。』



『だからって、付き合うこたぁないだろ。第一、お前雨宮のこと好きなんじゃないの?』




伊織は鳩が鉄砲くらったような顔をした。
洋一に気づかれていたとは思わなかったのだ。




伊織は笑った。




『ばーか。あのこと俺じゃ、住む世界がちげーじゃん。』



そんなこと言うわりにはテストではちゃっかり学年2番を維持しているし、本当は、玲蘭が好きなことはバレバレだった。



だけど、伊織も楓もあんなに荒れていたのに、ギターやベースを始めてからは少し落ち着きを見せた。


伊織もさりなとはつかず離れずの間柄を保ちながら、今日までやってきた。



さりなの歌声はもちろんだが、楓にも才能があった。なんと、作曲ができたのだ。



伊織もその才能に気がついて、コピーバンドではなく、自分たちで曲を作っていこうと言う方針になった。



対バンにも出たりしながら、地道に活動をしてきた。
学校や家庭での憂さを、音楽で晴らす、そんな集まりになっていた。