「亮平さん、休憩する? 車椅子用の休憩スペースあるみたいだよ」

「ん、じゃあお言葉に甘えて」

陽茉莉は車椅子のハンドルに手をかけた。いつまでも亮平と手を繋いでいるのは亮平の負担が大きい気がする。

だからそうしたのに――。

離れた手がなんだか寂しい気持ちになってしまったのは何故なのだろう。

車椅子用の休憩スペースに入った陽茉莉は「あれ?」と不思議な気持ちになった。

「どうかした?」

「あ、うん……」

どうしてだろう。この場所に来たことがある。正面に畳のコーナーがあって、横には簡易ベッドが置かれていて、トイレも設置されていて……。

陽茉莉は人のことは忘れてしまったけれど場所は覚えていることが多い。ここに誰と来たか記憶はないけれど、場所だけ知っている不思議な感覚。

「もしかして前に亮平さんとここに来た?」

「来たよ。そのとき陽茉莉は自販機でお茶を買ってもう一本当ててた」

「ええっ、本当に? 私ったらすごい!」

「あと、自販機におでこをぶつけて赤くなっていたな」

「えっ? マヌケすぎる。そんな情報はいらないよ」

「ははっ。それはそれで可愛かったけど」

恥ずかしげもなく可愛いなどと口にする亮平に、陽茉莉は内心ドキンと揺れる。そんなときは大抵亮平の視線が甘やかで、心がザワザワして少し落ちつかなくなってしまう。

そもそも亮平はかっこいいのだ。すっと伸びた鼻筋に薄い唇。長い睫毛に縁取られた魅力的な瞳。まるで王子様のような容姿から放たれる「陽茉莉」と呼ぶ柔らかく甘い声音。

亮平と一緒にいると心穏やかでふわふわしたものに包まれているかのように感じる。それでいて楽しいし、幸せだなと自然と思える。こんな気持ちを何と言い表すのだろう。

「亮平さん、私……」

「うん?」

「ううん、なんでもない。お茶買ってくるね。今回も当ててみせるよ!」

ぐっとガッツポーズをしてから、陽茉莉はそそくさと外の自動販売機まで駆けていった。

妙にドキドキとして落ちつかない。
なんだか頬が熱い。

外の風は少し冷たくてほてった体を冷ましてくれるようだった。