薄暗くなった夕暮れ時、趣のある料亭の軒先に置かれている行燈にぽっと明かりが灯った。

「亮平坊ちゃま、本日は取引先との会食が入っておりますので」

「ああ、わかってる」

年末ともなると、やれ忘年会だ懇親会だと顔を出すことが多くなる。あまり好きではないが、社長として欠席するわけにもいかない。飲み過ぎないように気をつけなければと思いながら、亮平は水瀬家御用達の料亭の暖簾をくぐった。

「時間になったらお迎えに上がります」

「ありがとう、長谷川さん」

「……よい時間を過ごされますよう」

「え? ああ、そうだね」

取引先とのよい時間なんて、面倒くさいにも程がある。お互いビジネスの腹を抱えながら取り繕った笑顔を浮かべるだけなのに。これも仕事、会社のためとはいえあまり気が乗らない。

女将に案内された部屋は小さくこじんまりとしていた。そういえば今日は何人と会食だったかと頭を巡らす、と――。

「亮平さん」

取引先とは似つかわしくない可愛らしい声で呼ばれて、亮平は顔を上げた。

「え……ひま……り……?」

思わず名前を口にしていた。
今日は取引先と会食だったはずだ。それなのに、陽茉莉がいる。なぜ……?

「驚きましたか? 今日の会食は私とですよ」

「えっ?」

わけがわからない。まるで狐につままれているかのようだ。それに陽茉莉は「亮平さん」と名前で呼んだ。そう呼ばれたのはいつぶりだろうか。ドクンと心臓が揺れる。

「私との会食は嫌ですか?」

「……そういう訳じゃ……ないけど……」

拒否することだって突き放すことだってできるはずだ。だって亮平は身を引くと決めたのだから。それなのに、陽茉莉を前にすると何も言えない。

魔法にかけられたかのように、陽茉莉から視線を外すことができないでいた。