「別に隠していたわけじゃないんだよ」

陽茉莉が少し落ち着いてから、改めて父が優しく口を開いた。

「陽茉莉と亮平くんは恋人だったんだ」

ああっ、と陽茉莉は嘆息した。
やはり知らなかったのは自分だけ。なぜ誰も教えてくれなかったのだろう。しかも亮平本人からも隠されごまかされた。

「……亮平さんはそっけない態度だった」

「陽茉莉、亮平くんに会ったの?」

コクンと頷く。

恋人なら恋人だったと教えてくれてもいいのに。
陽茉莉に記憶がなくなったから嫌いにでもなったのだろうか、だとしたら悲しいし申し訳ない。

「そうか。亮平くんは自分が車椅子だということを負い目に感じていたみたいだから……、だから身を引いたのかもしれないね」

「車椅子だから? そんな理由?」

「陽茉莉は何とも思わないタイプかもしれないけど、世の中、陽茉莉みたいな考えの人ばかりじゃない。亮平くんだって今までつらい経験だってしてきているんだろう。だから余計に自分の存在は陽茉莉の負担になるからって……言われてね……」

「そんな……」

陽茉莉は胸のあたりをぎゅうっと押さえた。亮平のことを考えると感情がぐちゃぐちゃして心が苦しい。

「だけど亮平くんは陽茉莉をサポートしたいって言ってくれて……リハビリの病院も良いところを紹介してくれたし費用も出させてほしいって言われて……。送り迎えも長谷川さんがすべてやってくれていただろう? あれも、亮平くんと長谷川さんがそうしたいって言ってくれたんだ」

とてもありがたい話だ。それなのに、それをまったく知らずに過ごしてきた半年間。陽茉莉は何不自由なく暮らしてきたのに、亮平の心の痛みはいかほどだったか。考えるに難くない。

「……教えて……くれたら……よかったのに」

そうしたら、もっと早くに彼を知ることができたしたくさんの感謝の気持ちを伝えられた。けれど一方で、自分の好きな人が自分のことを忘れてしまったら陽茉莉ならどうするだろうか。陽茉莉も無理に思い出させようとはしないかもしれない。好きな人に負担をかけさせたくないから。

「陽茉莉と一緒で優しい青年なんだ。きっといろんなことを考えただろうね」

傍らでは母が静かに涙を流していた。

陽茉莉もまた、涙が込み上げてくる。自分をこんなにも突き動かしてくる水瀬亮平という人物を、もっとよく知りたい。ちゃんと自分の目で耳で口で、彼ときちんと話したいと思った。