長谷川の厚意で陽茉莉は自宅まで送ってもらうことになった。

先ほどのことを思い出しながら、窓の外をぼんやりと見つめる。

(本当に仕事だけの関係……?)

陽茉莉の記憶の中にやはり亮平のこともなかった。入院中たくさんの人が見舞いに訪れてくれたが、そのときの陽茉莉はまだ記憶が曖昧で、そこに亮平がいたのかどうかもわからない。

けれどどうしてもRの刻印の可能性を捨てきることができなかった。

「――さん、陽茉莉さん」

「えっ?」

「着きましたよ」

「あっ!」

考え事に耽っていていつの間にか自宅前に着いていることさえ気づかなかった。長谷川が丁寧にドアを開けてくれ、陽茉莉はするりと車を降りる。

ふと、違和感に気づいた。

「……そういえば長谷川さんは私のことを苗字ではなく名前で呼びますよね。もしかして以前から親しかったのでしょうか」

「そうですね、陽茉莉さんから名前で呼んでくださいとおっしゃられたので、そうさせて貰っています。ご迷惑なら苗字にします」

「いいえ、迷惑だなんて。今まで通り接してくださって感謝しかないです」

陽茉莉はブンブンと首を横に振る。

そうか、長谷川とも以前からの知り合いだったのか。だからこうして送迎をしてくれているのだろうか。

長谷川は陽茉莉の通院をサポートしてくれる運転手。そして亮平の会社の秘書。

こんなのますます亮平と関わりがあったとしか思えない。

「水瀬とはいい話ができましたか?」

「私とはお仕事で関わりがあったと教えていただきました」

「そうでしたか」

「……本当にそうでしょうか? 私はそれだけではないような気がしていて、でも何も思い出せないです」

だから長谷川から何か情報が得られたら、と思ったのだが。

「私からは何も申し上げることができず恐縮ですが、ただ水瀬は陽茉莉さんとお会いできてとても嬉しかったと思います」

「そんな風には見えなかったです。私、以前は水瀬さんのこと何とお呼びしていましたか?」

確信めいた何かが欲しい。
ほんの少しのことでいい。

長谷川は一旦口を引き結んだ。
差し出がましい真似をして亮平は怒るだろうか。

けれど長谷川とて、このままでいいとは思っていない。亮平は身を引く覚悟でいるけれど、陽茉莉は知ろうとしているのだから。

長谷川は意を決する。
陽茉莉が事故をしてから消えてしまった亮平の笑顔。幼少の頃からお世話をしてきた主人の幸せを、何としてでも取り戻したい。

「……亮平さん、と呼ばれていましたよ」

「亮平さん……」

「陽茉莉さん、こんなことをお願いするのは大変恐縮で、水瀬の秘書としてあるまじき行為なのですが……。どうかまた亮平坊ちゃまのことを訪ねくださいませんか」

「え……」

「お願いします」

深々と頭を下げる長谷川に陽茉莉は困惑し、頭の中がぐちゃぐちゃになった。

冷たい風が吹きすさぶ。
空からはチラチラと雪が舞いだした。