レトワールに連絡すると、その場で即採用を言い渡された。陽茉莉は正社員としてしっかりと働くつもりだったが、両親からも陽茉莉の事情を知っている店長からも勤務形態や就業時間などを考えようと提案されてしまい、その相談のためにひとまずレトワールを訪れた。

黄色い看板が目を惹く可愛らしい店。大きなガラス張りのウィンドウからは店内の様子がよく見え、暖かい光の中に色とりどりのケーキが映える。

(ああ、いいな)

柔らかな雰囲気の店内に、陽茉莉は自然と顔が綻んでいた。

「いらっしゃいま――、陽茉莉ちゃん!」

カウンターから結子が飛び出してくる。陽茉莉の手を取ると勢いよくぶんぶんと上下に振った。

「ああっ、陽茉莉ちゃん! 元気になったのね。本当によかったわ」

「あ、はい、えっと……」

「もうっ、本当に本当に心配したんだからねっ」

陽茉莉の存在をとても喜んでくれているのはわかるが、陽茉莉はやはりそれが誰だかわからなかった。

「おーい、岡島さん。矢田さんが困ってる」

遥人が呆れた顔で厨房からひょいと顔を出す。遥人こそ、陽茉莉のことが気になって仕方がない。結子が声を上げたのを目ざとく発見して飛び出してきたのだ。

「そうね、そうだったわ。でも……本当によかった……ううっ」

「あの、ご心配をおかけしてすみません」

「本当よっ」

目にいっぱい涙をためた結子は感極まってガバリと陽茉莉に抱きついた。陽茉莉は困惑しながらもそれを受け止める。

結子のことが思い出せない。それなのに彼女は自分のことで泣いてくれている。なんてあたたかいのだろうと陽茉莉は胸が苦しくなった。

二人の様子に遥人は人知れず目を細め、「店長、呼んできますね」と厨房へ戻っていった。

陽茉莉がレトワールに戻ってきた。

例え彼女に記憶がなくとも、その事実だけで誰もが胸がいっぱいになった。

やはり陽茉莉にはレトワールが似合っている。レトワールには休業制度がない。それはすぐには変えられない規則だったため、陽茉莉は結局有給休暇を使い果たしたあと退職となった。

だが、結子と遥人が何度も店長に掛け合ったおかげで、陽茉莉がまたレトワールで働きたいと希望した暁には必ず採用するという約束を取りつけていた。

結子も遥人も、陽茉莉のことをずっと待っていた。
だから、今日という日がとても嬉しい。

「急にフルタイムはきついと思うから、まずは短時間のアルバイトから始めてみたらどうかな。それで慣れてもらって、仕事がこなせるようになったら正社員登用制度で社員になることもできるよ」

「はい、ではそうさせてもらいます。ご迷惑をおかけしてすみません。これから頑張ります」

そうして陽茉莉の社会復帰が決まった。
復帰は十二月から。
事故に合ってから、実に半年後のことだった。