冷たい風が吹き雨がしとしとと降りだした。
低気圧で頭がズシリと重い。

亮平は朝から重要な会議をこなし、ようやく一息ついたところだった。

今日はひまりと一緒に帰る約束をしている。あいにくの雨だから歩くのはしんどいだろう。夜には止むだろうか。

「大変です! 亮平坊ちゃま!」

長谷川が取り乱した様子で飛び込んできたので亮平は何事かとぎょっとした。会社で坊ちゃまなどと呼ぶなと咎めようとしたのだが。

「陽茉莉さんが……!」

陽茉莉という言葉に亮平は息をのむ。そして長谷川から放たれる言葉に耳を疑った。

「陽茉莉さんが事故にあわれて、意識不明だそうです!」

「……は?」

何を言われているのか理解できなかった。

「意識……不明……?」

「亮平坊ちゃま!」

長谷川は今にも泣きだしそうだ。

亮平は慌てて携帯電話のメッセージを確認する。

《今日一緒に帰れる?》
《19時までには終わる予定》
《そっちまで迎えに行ってもいい?》
《雨予報だから車で迎えに行こうか?》

最後の亮平からのメッセージは未読のままだ。
亮平はそのまま陽茉莉に電話をかけてみる。何回かのコールの後、留守電に切り替わった。嘘だと思って何度もかけ直してみた。だが結果は同じだ。

「陽茉莉……」

携帯電話を持つ手がカタカタと震える。
亮平は全身から血の気が引いていくのを感じた。

雨音が強くなる。
一体何が起こっているのか、亮平は考えることが出来なくなった。

陽茉莉が事故にあったことは時間を追うにつれて関係者に広まっていった。
暴走車が小学生の列に突っ込む、と大きなニュースにもなった。

もう、誰ひとり言葉にならなかった。

亮平だけではない。陽茉莉の両親も亮平の両親も、長谷川もレトワールの従業員も、陽茉莉を知るすべての人がショックを受け、それぞれ心に重たい影を落とした。

眠れぬ夜が続く。
陽茉莉は意識不明のまま、一週間が経った。