翌朝、軽く朝食を済ませたあと、亮平の出勤前に陽茉莉は長谷川の運転する車で自宅まで帰った。

自宅前に車を横付けすれば、玄関の前で陽茉莉の両親が待っていた。事前に電話をしておいたのだ。朝、帰ると。

その際に亮平も電話をかわった。結婚前の大事な娘さんを引き留めてすみません、と。

自分の家の問題に亮平を巻き込み謝らせてしまったことに対してひどく恐縮した陽茉莉だったが、亮平は大丈夫としか言わない。

「亮平さん、私ちゃんと両親と話し合うから」

「うん。でもきっと大丈夫。陽茉莉はご両親に愛されているから」

ぽんぽんと優しく頭を撫でる。

亮平が自分の親の考えがわからなかったように、陽茉莉もわからないでいる。でも亮平から見ればやはり陽茉莉は両親に愛されているのだ。大事に大事にされてきたのだろう。

以前に陽茉莉の母から障がいについて言及があったけれど、決して責めたり冷ややかな口調ではなかった。あくまでも娘を心配してのこと。それが感じ取れるから、亮平もそれほど嫌な気持ちにならず冷静でいられたのかもしれない。

「長谷川さん、送ってくださってありがとうございます」

「いいえ、お役に立ててなによりです」

陽茉莉は車を降りる。

「……ただいま」

ぎこちなく言えば「おかえり」と優しい声が返ってきた。胸がぎゅっとなってなんだか泣きそうな気持ちになる。

「車の中からすみません」

亮平が声をかければ、陽茉莉の父が「迷惑をかけてすまなかったね、ありがとう」と眉を下げた。少しだけ話をして、亮平はそのまま会社へ出勤していった。

陽茉莉も仕事だけれど今日は遅番のため、ひとまず家に入る。
何となくぎこちない気持ちだったけれど、母と目を合わせればふっと困ったように微笑まれた。

「お泊りは楽しかった?」

そんなことを聞いてくるものだから、思わずヘラっと顔が綻んでしまう。
昨日弾けたぐちゃぐちゃした気持ちはひとまず身を潜めて、陽茉莉はニッコリ笑って答えた。

「とっても楽しかった。亮平さんお料理上手なの。塩焼そばを作ってくれたんだけどね、手際が良くてびっくりしちゃった」

ふわふわっと幸せそうに笑う陽茉莉を見て、母は胸が苦しくなる。けれどその背を優しく父がぽんぽんと撫で、ぐっと気持ちを落ち着けた。

「お母さん、もう陽茉莉が決めたことに口を出さないわ。だって陽茉莉は立派な大人だものね」

「お母さん……」

「でもこれだけは守ってほしい。……誰よりも幸せでいてね」

「私はお父さんとお母さんの子で幸せだし、亮平さんに会えたことも幸せ。だからこれからも変わらず幸せだって胸を張って言えるように努力するね」

――大丈夫、陽茉莉はご両親に愛されているから

陽茉莉の頭の中を亮平の声が反芻する。
お互いに妥協する部分はあるけれど、それでも上手くやっていきたいと思う。だって家族なのだから。

親との仲が解決することを信じて見守ってくれている亮平に改めて感謝の気持ちでいっぱいになった。