家を飛び出し夜道を歩くことでほんの少し頭が冷えた気がする。けれど自宅に戻ろうとは微塵も思わなかった。

今日は亮平は仕事が忙しいと言っていた。陽茉莉は早番だったし、時間が合わないということでまっすぐ家に帰ったのだが、まさか自分が家を飛び出すことになるとは陽茉莉自身驚いている。

ずっと我慢していたのだ。

(そう、私は我慢していたのよ)

本当にそうだろうか?
母を悲しませたくない、弟が亡くなったときの母の泣き顔をもうみたくない、その一新で取り繕ってきた。

(取り繕ってきた……?)

わからない。
自分が今までどんな気持ちで過ごしてきたのか、まったくわからなくなった。

忙しいと聞いていたのに衝動的に亮平に電話をかけた。コール音が耳に響くたび、そうだ忙しいから出られないかもしれないなと、冷静になっていく。そしてずんと気持ちが重たくなっていくのを感じる。

結局留守電に切り替わってしまったため、陽茉莉は携帯電話をカバンに突っ込んだ。

思えば貴重品の入ったカバンだけで家を飛び出してきてしまった。亮平の家に泊まると豪語しておきながらこの様だ。

一人ぼっちの夜道は寂しくて仕方なかった。
肌に触れる空気は暖かいのに、行き場を失った陽茉莉の心は酷く冷え切っているかのよう。

どれくらい時間が経っただろうか。
時間の感覚がなくなるほどに、陽茉莉はぼんやりと空を眺めていた。

薄暗い公園のブランコに座り、少し揺れるたびキィっと小さく音が鳴る。公園の前は道路で、向こう側へ渡るための横断歩道がある。

陽茉莉の弟、陽太はこの横断歩道でトラックにひかれた。陽茉莉と同じで明るく真面目な子どもだった。

もし陽太が生きていたら、母は陽茉莉と亮平のことを認めてくれただろうか。それとも、関係なく障がいに嫌悪感を持っているのだろうか。

「そっか、そういうこともちゃんと聞いてないもんなぁ……」

母に認めてもらえるよう頑張ると言ったけれど、特段話し合ったり努力したりはしていない。多分無意識に、その話題に触れないようにしていたのかもしれない。

突然携帯電話が鳴り出し、陽茉莉はビクッと肩を揺らす。きっと母からの電話だと思いつつも渋々カバンから取り出せば、画面に表示されている名前は【水瀬亮平】で――。

「亮平さん!」

『ごめん陽茉莉、電話くれてたみたいだけど。今仕事が終わったんだ。どうかした?』

「亮平さん、あのね……」

きっと亮平は遅くまで仕事をして疲れている。明日も仕事があるし迷惑はかけられない。そう思うのに、気持ちが止められない。

「今日、亮平さんのお家に……泊まってもいい?」

『うん? 泊まり? いいけど、陽茉莉は大丈夫なの? 泊まることできないんじゃなかった?』

「うん、そうなんだけど……。亮平さんに今すぐ会いたい」

『うん、わかった』

亮平は深くは聞かなかった。
そうやって無条件に受け入れてくれることに、陽茉莉は胸がいっぱいで泣きそうになった。