遅番で出勤したためレトワールはすでに開店しておりケーキを買い求めるお客さんで賑わっている。それを傍目に見ながら、陽茉莉は裏口から中へ入った。

本日も衛生的な白いエプロンに着替え厨房に入る。と、店長が怪我をした右手を庇いながらモタモタと作業をしていた。

「店長、大丈夫ですか? 私、やりますよ?」

これくらいならできるだろうと材料や備品の棚卸をしていた店長だったが、やはり利き手が使えないのは相当に不便らしい。陽茉莉がテキパキ作業するのを見て、小さく息をついた。

「あっ、ご迷惑でしたか?」

「ああ、いやいや。違うんだ。普段できてたことが出来ないのがもどかしくてね。こうやってやってもらうのも申し訳ないし。早く治らないかなぁと思って」

「こんな時くらい遠慮せず休んでくださいよ」

「皆が皆、矢田さんみたいな考えだったらいいんだけどね~。どうしても迷惑だろうなぁって考えちゃうんだよ」

「そんなもんですかねぇ?」

と言いつつ、陽茉莉も逆の立場なら店長と同じように考えるかもと思い直して苦笑いする。けれど世の中はそうじゃない。店長の言うとおり迷惑だと考える人がいることも知っている。

そしてふと、思い出す。

――陽茉莉は何とも思わない? 俺が車椅子のこと。

陽茉莉はなんとも思わないからあっけらかんとしていたけれど、陽茉莉が知らないだけで亮平は今まで車椅子であることに負い目を感じることがあったのかもしれない。

――きっと陽茉莉に大変な思いをさせてしまう

あの言葉は亮平の不安要素であり、同時に陽茉莉に対する優しさである。そんな風に感じ取っているけれど、結局のところ亮平の深い気持ちまではまだ汲み取ることができていない。

(ああ、私ってばまだまだ全然亮平さんのこと知らないな)

店長の姿を見ながら陽茉莉はぼんやりとそんなことを考えていた。