「陽くんが死んじゃってお母さんは悲しいんだ。だから陽茉莉のことを大切にしたいんだよ。お父さんも同じ気持ちだよ」

そう父に諭されたこともある。

子どもを亡くすという母のつらい気持ちがわかるからこそ、一人娘になった陽茉莉にたくさんの制約が課されることは仕方がないと思っていた。

それに陽茉莉とて大人しく従っているわけではない。年齢が進むにつれて活動場所や活動時間は当然変わってくる。持ち前の明るさと優しい性格でそれらを上手く回避するよう立ち回ってきた。

「さてと、仕事行く準備でもしよーっと」

陽茉莉は仏壇に向かって笑いかける。
悩んでることなんて何もないんだとでもいうように。

再びキッチンへ顔を出せば、テーブルには朝食が用意されていた。いい加減、料理も家事も自分でやらないとなあと思いつつ、母の優しさに甘えているのもまた事実。

「早くご飯食べちゃいなさい」

「はーい、いただきまーす」

美味しい母のご飯。
もぐもぐと食べながら忙しく家事をする母を眺める。

母を悲しませることはしたくない。けれどいつまでもそれに従うこともできない。陽茉莉はもう立派に社会人として働いていて大好きな亮平という恋人までいるのだから。

母に恋人ができたと伝えたらどんな反応をするだろう。喜ぶだろうか悲しむだろうか、はたまた怒るだろうか。

その辺りの感情がいまいち掴めず、陽茉莉は言い出すことができなかった。

「今日は遅くなるの?」

「遅番だし、そのままご飯食べてくるよ」

「あまり遅くならないようにね」

「わかってる」

会話だけ見ればなんてことない普通の会話。けれどその言葉の裏にどんな母の気持ちが隠れているのか、陽茉莉は未だに理解できないでいた。

結局、深く考えることはやめて流れに身を任せるのだが。

(今日は亮平さんお仕事忙しいかなぁ? 連絡してみようかなぁ?)

そんなことを悠長に考えながら、陽茉莉はレトワールに出勤した。