君がくれた無垢な愛を僕は今日も抱きしめる

「迷惑かけてごめんね。……思い出したみたい」

「ああっ、陽茉莉……」

カラランっと亮平が突いていた杖が転がった。
亮平は倒れるようにして陽茉莉を抱きしめる。

わあっと歓声と悲鳴が上がった。

長時間立っていられない亮平はバランスを崩し、そして陽茉莉もそれを受け止めきれずに二人はぺたんと床に座り込む。

もう、今となっては陽茉莉の記憶が戻ろうが戻ろまいが、そんなことはどうでもよかった。だってとっくに二人は新しい道を築いているのだから。

でも――。

亮平しか知り得ない思い出をまた陽茉莉と共有できる。楽しかったことも苦しかったことも、全部。全部だ。

「陽茉莉!」

「亮平!」

二人が座り込んでしまったことに驚いた両親が駆けつける。陽茉莉は亮平としっかり目を合わせてから両親をゆっくりと見回す。

本当に、今朝から何かが違うと思っていた。
頭はスッキリしているのに、記憶が入り組んでいる気がした。いつも通りの中に妙な違和感があった。結婚式だから緊張しているのだろう、だからそうなるのだろうと思っていたのだけど。

忘れていた記憶が頭の中に戻っていく。完璧に戻ったのかどうかなんてわからない。けれど少なくとも亮平と両親たちのことは昔のことまで思い出せる。

ああ、両親への手紙なんていらなかったのだ。
この感情は手紙には表すことができないものだから。

陽茉莉は瞳に涙をためつつもニッコリと微笑んだ。

「お父さん、お母さん、亮平さんのお父さん、お母さん。今までずっと見守ってくださってありがとうございました。たくさん心配もかけてすみません。やっと思い出せました。前の記憶も今の記憶も大事にします。お母さん、私を産んでくれてありがとう。私、今とても幸せです」

「陽茉莉……あなた……」

「記憶が戻ったのか?」

「まあ、陽茉莉ちゃん。よかった……ねえ、お父さん」

「ああ、ここまでよく頑張ったと思う」

陽茉莉が事故にあってから実に二年足らず、記憶が戻る片鱗など一切なかった。誰もが少なからずとも陽茉莉の記憶喪失に影響を受けた。もともと陽茉莉と亮平が恋人だったから、余計にだ。だからこそ再び二人が出会って結婚まで進んだことに喜びを禁じ得ない。

更に今、まさか記憶が戻るだなんて――。

亮平は陽茉莉の手を取り両手で優しく包み込んだ。

「陽茉莉、愛している。君のすべて、なにもかもだ」

「亮平さん……」

「愛しているよ」

くっと甘い微笑みが、甘い声が、陽茉莉を蕩けさせる。
胸が張り裂けそうなほどに膨れ上がった愛しい気持ちは、満面の笑顔となってこぼれ落ちた。

「私も、愛しています」

それはまるで向日葵が咲いたかのように無垢で明るい。

パチパチと長谷川が拍手をした。それを合図に会場全体があたたかい大きな拍手に包まれた。

陽だまりのような祝福が二人に降りそそぐ。

柔らかな春の日差しがステンドグラスをキラキラと煌めかせ、バージンロードに散りばめられたスワロフスキーも星が瞬くように優しく揺れた。



【END】