陽茉莉と目線がさほど変わらなかった亮平の顔が高く見えた。

「え……」

パチパチと瞬きしてもそれは変わらない。
亮平が車椅子から立ち上がったのだ。

「り、亮平さん?」

「待ってたよ、陽茉莉」

亮平は陽茉莉に左腕を差し出す。右手には杖を持っていて、その両足は疑いようもなくしっかりと地についていた。

牧師のところまではほんの数歩。
先ほどの父と歩いたときもかなりスローなペースだったが、亮平とはもっとゆっくりだ。それでも、亮平は自分の力で立って歩いている。いつの間にこんなことが出来るようになったのだろう。

段差は一人の力では無理で介助を必要としたし陽茉莉も隣で支えた。普通に歩くのとはまったく違う。それがどんなに不格好でも、陽茉莉にとってはかけがえのない出来事で胸が張り裂けそうになった。

賛美歌を斉唱する美しい歌声も牧師の問いかけに答える誓いの言葉も、なにもかも、すべてが夢のようで儚く尊い。

陽茉莉は今朝からずっと感じていた。
自分の中の大きな変化を。

誓いのキスをするため陽茉莉と亮平は向き合う。ベールアップしてもらうために屈んだ陽茉莉の瞳がゆらりと弧を描いた。視界が、晴れる。けれど揺れる。

陽茉莉の目線より少し上にある亮平の顔。
亮平は出会ったときから優しくて頼もしくて、でもどこか繊細で儚い。そんな亮平のことを陽茉莉は好きになった。大好きで大好きでたまらない、世界一愛している人。

見つめ合い、そしてそっと瞳を閉じた。
軽く触れた唇は優しくてあたたかい。
陽茉莉の目から一筋の涙がこぼれ落ちる。

「亮平さん。約束……守ってくれて……ありがと……」

言葉が、継ぎはぎになる。
感情が溢れて止まらない。言葉にならない。

亮平はくっと目尻を下げたが、突然はっと気づく。

「陽茉莉、もしかして……」

ドクンドクンと鼓動が高まる。
その“約束”は以前の陽茉莉しか知らないことだからだ。

✳✳✳

『亮平さんは憧れの結婚式ってある?』

『あまり考えたことはないけど、陽茉莉はあるの?』

『私はね、真っ白なウェディングドレスを着てお父さんとバージンロードを歩くの。先には亮平さんが待っててくれて、腕を組んで歩くんだぁ』

『そうか、それだと車椅子じゃかっこ悪いな』

『あっ、ごめん、そういう意味で言ったんじゃないよ。車椅子でも全然いいよ』

『わかってるよ。でもやっぱり立って待ってたほうがかっこいいよな』

✳✳✳

あのときの思い出がひしひしとよみがえる。
あれは事故の前、陽茉莉が記憶を無くす前の記憶だ。