急に雨が降り出した。
 営業先のビルから出たところでなんの躊躇もなく。まさにバケツをひっくり返したように。
 隣りはコンビニだ。コンビニの軒先でしばし茫然。今日は折り畳み傘を持ってない。店員がビニール傘の入ったスタンドを店頭に出した。買うか。いいや、やめとこう。
 どうする? 駅まで走る? 2、3分で辿り着く距離だがこの雨量だとかなり濡れるぞ。この街は就職してからは来ることがなかったが、大学時代には書籍購入を目的によく来ていた。急な雨で行く手を阻まれたのは初めてだ。
 ふと、斜め前に目をやると、大学時代によく行っていた喫茶店が見えた。あぁ、この辺りだったか。周囲は再開発されて新しいビルが建ち並んでいたため、思い出せなかった。その一角だけ時代に取り残されたような古い建物。よし、あそこまで走るぞ。せいぜい10秒くらいだろう。信号の無い2車線の道路を走って渡った。ガードレールを跨いだらスーツのズボンに水滴がかなり付いてしまった。
 喫茶店の店先に到着したので、中に入る前にハンカチで濡れたスーツを拭こうとしたが、結構濡れそぼってしまっている。中に入るのは店の迷惑になるかもしれない、と躊躇するほどだ。
 すると、ドアのガラス越しに店の中で人が動くのが見えた。そしてドアが開いた。
 「いらっしゃいませ。どうぞお入り下さいな」
 落ち着いた雰囲気の40代の女性。背が高い。花柄のサラサラな生地のワンピースが色っぽい。赤い口紅とボリュームのある長い髪がワンピースの華やかさによく合っている。にっこりした口元から覗く歯がきれいだ。声は温かみのある低めの声。キンキンのぶりっ子声が嫌いな俺には心地好い。中年に両足突っ込んでる俺だ、向こうから見たら雨に打たれたオヤジが来た、って感じだろうな。あれ? ここって以前は白髪がダンディーなマスターが居たんだよな。代替わりしたのかな。マスターの娘?