「痛っ」
イオンの鼻に、甘い濃厚な香りがたどり着く。
血だ、それも貴重な穢れ無き乙女の血。
イオンはふらりと立ち上がり、キッチンに足を進める。
すぐ近くに来たイオンに気付いた撫子が、苦笑いしてイオンを見上げた。
「ちょっと包丁で切っただけで。きちんと洗って作りますから」
料理を作ると言いながら下手だと思われるのは恥ずかしいと、撫子が指の先からこぼれ落ちそうな血を洗い流そうと水を出そうとしたら、怪我をした手を大きな手が掴む。
驚いて撫子がイオンを見れば、彼の美しい濃紺の瞳が、金色に変わっている。
表情も先ほどのまでの穏やかなものとは違い、表情の無い顔に撫子は恐怖心が沸き上がっているのに身体が動かない。
自分の指が彼の口に近づき少し開いた彼の口には犬歯のようなものが見えて、イオンの口に入ったと思うと小さな痛みが走る。
その瞬間、恐怖心は一気に塗り替えられ、妙な高揚感にうっとりと撫子の表情が変わっていく。
「あぁ、なんて甘美」
指に牙を立て、血をすすりながらイオンは息を吐くように声を出した。
恍惚とした表情の撫子が目を閉じ、身体が傾いたのをイオンが片腕で支える。
既に意識を失った撫子がわかっていながらも甘美な赤い液体を飲むことに夢中になりながら、イオンは数ヶ月前の出来事を思い出していた。



