その人が徐々に距離を詰めてくるから、慌ててもらったお守りたちを取り出そうとして、それらを落としてしまう。

巾着の方は大丈夫だけど、瓶は割れてしまった。


「あら、それ奏の血?
匂いがするとは思ったけど、吸血鬼の血を持ってるなんて。まさか奏のこと利用してるの?」


「いやこれは貰ったもので、利用してるとかじゃ…。」


というか利用ってなに?
吸血鬼の血って人間にとって役立つ何かなの?


「椿。秦野ちゃんに何したの。」


ふいに頭上から先輩が現れて、私たちの間に立ち塞がる。


「あら、わざわざ飛んでくるなんて、随分この子のことが大切なのね。」


「あぁ、大切だよ。

秦野ちゃん、大丈夫?瓶の中身が空気に触れたのを感じて、急いで来たんだけど。」


「ごめんなさい、うっかり瓶を割っちゃっただけで何も…。」


「なんだ、そっか。それならいいんだ。無事でよかった。」


先輩は咎めるわけでもなく、安堵した笑みを見せる。


「奏、私その子から血を頂こうと思ってたとこだったんだけど、邪魔しないでくれる?」


「この子はダメ。」


「そんなに美味しいの?」


「美味しいから好きなんじゃなくて、好きな子の血だから美味しいんだよ。
それに俺はもうこの子から血を貰うつもりは無いし。」


「なーんだ。期待して損したわ。
でも美味しいのに吸血しないなんて変な吸血鬼ね。」


「傷つけたくないんだ。」


「…なにそれ。傷なんてすぐ治るじゃない。
奏の言うことは昔からよく理解できないわ。

まあ、期待外れだったし私は帰るわね。

そういえばあなたのお父上、相当怒ってたわよ。」


「あ〜、だよね〜。」


「早く話つけなさいな。」


そういうと、その人は一瞬にして消えてしまう。


「消えた…。」


「普通の人には見えないような術?っていうのかな。それを使っただけだよ。」


「…そんなのがあるんですね。すごい。」


「まあね。飛んでるとこを見られても困るしね。」


「確かにそうですね。」


「じゃあせっかくだし家まで送るよ。」


「…ありがとうございます、いろいろと。」


「いいえ〜。

そうだ。お守り、また新しいの渡すね。
それまではその巾着持ってて。場所まではわからないけど、俺の血の匂いさせとくだけで雑魚は寄ってこないし。」


「わかりました。
ごめんなさい、大事な血を無駄にしてしまって。」


「いいのいいの。
無事だったらそれでいいんだから。」


「優しいですね、先輩は。」


「好きだから優しくしてるだけだよ。」


「……私も先輩のこと好きです。」


「えっ?嘘。ほんと?」


「ほんとです。」


「え〜、思ってもみなかった。嬉しすぎる。」