「惚れ薬?」
「そ。惚れ薬」

放課後の空いた教室で、友達のエミとしゃべっていた。
エミは小さな小瓶をかざして、ニヤリと笑った。


「杏奈にあげる。使って」


ころん、と私の手にその小瓶が転がる。

5センチくらいの透明な小瓶には、
ショッキングピンクの液体が入っている。
揺らすとキラキラ光った。


「いらないんだけど……」
「好きな人いないの?」
「いないって」
「ウソ!? 桜木くんは違うの!?」


桜木くん、とは私の幼馴染、桜木恭弥のことだ。
小学校から一緒で、家も近所で、
ことあるごとに私につっかかってくる、
ムカつくやつ。

今は同じ高校で、
しかも同じクラスだ。

恭弥は頭がいいから、
テストでもいつも私をバカにする。
運動もできるから、体育の授業でもバカにする。

私は恭弥のことは、毎日いじられてちょっとムカついているのだ。


「ただの幼馴染だよ。恭弥なんか好きなわけないじゃん」
「ふぅーん、いがーい」


エミはニヤニヤと笑いながら私を見る。

私は席に座りながら、ずず、と手元のミルクティーを飲んだ。甘くて、逆に喉が渇く。


恭弥と私は、よく、
『付き合ってるの?』と聞かれる。

でも、全然そんなことない。


恭弥はモテる。
顔がいいし、頭もいいし、スポーツもできるから、すごいモテる。

毎月のペースで誰かに告白されてる。
昨日も隣のクラスの子に呼び出されていた。

誰かと付き合ったかとかいう話は聞かないけど、多分ゼロじゃないと思う。


対する私は、モテない。
もう16になるけど、彼氏がいたことは一度もない。
告白されたこともない。
身長も低めだし、髪はセミロングを軽く束ねてるだけ。
アレンジも苦手だし、化粧もうまくないし。


いわゆる、普通の子なのだ……と、思いたい。勉強もスポーツも普通レベルだ。


そんな私が、悔しいけど学校一レベルのモテ男の恭弥と付き合うなんて、ありえない。
それに、いくら土下座されたって、恭弥はいじわるだから嫌だ。


この間は赤点のテストを奪われて、
大声で点数をクラス中にバラされた。

『蓮見杏奈さん、数学A28点!』って感じで。なんでわざわざ一番ダメだった数学Aの点数をバラすのかなぁ。
もっと、国語とか、英語とかだったらまだ点数よかったのに。
………60点くらいは、とれてるし。

クラス中の視線が私に刺さって、すごく恥ずかしかった。
当の本人の恭弥は『ゴメンゴメン』って、
絶対悪くないと思いながらテストを返してきた。

今思い返しても腹が立つ。
ミルクティーのストローをがじがじとかじって、苛立ちを収めた。


「ほんと、イヤなやつだよ、アイツ。
どうにかなんないのかなぁ」


ため息と一緒に呟くと、エミはなんでもないふうに話した。


「じゃあさ、それ使ってみたら?」
「………え?」


エミが指差すのは、私の手元の小さな小瓶。
……つまりは、惚れ薬だ。




惚れ薬を、恭弥に、使う?


ーーーーーーーなんで?




首を傾げてエミを見ると、
エミはドヤ顔で説明した。


「杏奈は桜木くんの嫌がらせがイヤなんでしょ?
だったら、桜木くんが杏奈を好きになったら、
嫌がらせがなくなるんじゃない?」



そんなことあるわけーーーーーーー



と、言いかけて、
ゴクリ、と唾を飲み込んだ。



………エミの言うことは、
一理あるのかもしれない。

あんなに突っかかってくるのは、
私が嫌いだからだろう。

だったら、一時的にでも私を好きにさせれば、
嫌がらせは止まるかな……。


「………効くのかな、これ」
「効くんじゃない?やってみなよ」


すごい軽いノリで言うな………、と思いつつ、
ちょっと試すだけなら……と、
手の中の瓶を見つめた。

ピンクがキラキラして、不思議な魔力を持ってそうだった。



「じゃあ、やってみようかな………」



と、軽いノリで決意したのを、
私は一生後悔することになる。



◇◇◇



あれから私たちはそれぞれ家に帰った。
私は自分の部屋で瓶をじっと見つめた。


エミいわく、これは秘伝の惚れ薬だそうだ。先輩の先輩からもらったらしい。
小さく折り畳まれた説明書も一緒にもらった。



『惚れ薬の使い方

1 対象となる人にこの薬を飲ませます。

2 そのまま10秒間目を合わせます。

3 次第に好きな感情が湧き出てきます。

効果は飲ませた時から30日続きます。

素敵なロマンスをお楽しみください』



一読して、ふぅん、と呟いた。


今日は7月1日。
だから、今飲ませたら8月の頭まで続くのか。


結構長いような気がしたけど、
一ヶ月といえば一ヶ月。

テストもあるし、後半は夏休みだし、
意外と顔を合わせる時間は少ない…と思う。

毎日クラスで顔を合わせるけど、恭弥は部活もあるし、私は帰宅部だし。


それに、なんとなくこの薬は気になる。

いつも意地悪なことばっかりする恭弥が、恋をしたらどうなるのかちょっと見てみたい。

その相手が私、というのは変な気がするけど、どうせ一ヶ月だし。

そのあとは夏休みも長いし、会わないでいれば気まずくなることもないよね。





だったらーーーーーーーー

どうやって飲ませようかな。これ。



クラスで飲ませるわけにはいかないよね。
みんなに絶対見られるし。

じゃあ、学校終わりとか?

恭弥と私の家は近所だから、
時間が合えば帰りの電車で一緒になる。
帰り道、途中までは一緒だ。

とは言っても、恭弥はサッカー部があるから結構遅いんだけど。

うーん、としばらく考えるけど、
いい案は思い浮かばなかった。

とりあえず明日考えよう、と思って、私はカバンの中に惚れ薬をしまった。