中世 とある欧州の小国
その夜 廃墟となったはずの場所・・

十六夜の月がビロードのような夜の闇に鎮座して
星々が瞬き 花々が壊れた煉瓦や石の合間に花が咲いている。

崩れかけた柱 もう100年の月日は過ぎ去っても
昔年 昔の面影を捜す事はまだ容易だった

リュートを持った少年が ゆっくりと音もなく降り立つ
「…近くの村の祭りに吟遊詩人として
歌と楽器の演奏の予定だから 来てみたんだけどね」

目を瞑り 小さな声で歌いだす まるで魔法の詠唱のごとく

詠唱に答えるかのように
ガヤガヤと酒場の賑わいが蘇る

「おやまあ そんなに酔って 
今日はうちの二階の宿の部屋に泊まっていくかい?」
世話好きで人の良さげな女将が笑う

「すまねええ」酔った客がにやけて笑う「誰か手伝っておくれ」

「あ、すまないけど この麦酒と葡萄酒
鳥の煮込みをあちらのテーブルの客へね」 

「はい」歌を口ずさんだ同じ少年が 酒場の手伝いをしている

歌を少年が止めると 幻が消え去り
白い影 幽霊たちが集まって来る

ざわざわと騒いでる

「・・もう記憶も薄れたんだね
自分が誰か・・姿も・・」

「100年か200年か もう昔の事だもの」

「・・後少しすれば 消え去ってしまう もう誰も嘆く者もない
それとも誰か 聖人でも来ればいいけど 
特別な祈りでも捧げてくれたら そしたら 地上から天へ還れるから」

「うふふ・・そこの草陰にいるのは近くの村の子かな?
 まだ小さい子供達2人」


「あ・・」「・・あの」

悲鳴を上げて逃げ去ってしまうが

「ああ びっくりした」「本当だね」
走り去った後 自分たちの村近くの小道で息を吐く

「あの黒髪の異国の人 見た事あるよ」「うん」

「綺麗な男の子」 「そうだね」

「祭りによく来るよ」「間違いない もしかして魔法使い?それとも」

「魔女かも知れない あそこは あの廃墟は・・
街に魔女と魔物が住み着いて 魔物が火を噴いて燃えてしまった・・だよね」

「祭りに来るのかな?」「村の教会の司祭さまに相談した方がいい?」


「うふふ それは困るかな」
ふわりと子供達のそれぞれの片肩に綺麗な白い手がそっとのる。

「きゃあ」「うわあ」

だが まるで金縛りにあったように子供達の身体は動かない


「・・あの街は 腹黒い領主が
数人の都合の悪い者達を殺す・・その為だけに
街の城塞の門を閉じて 火をかけて 全ての者達を惨殺した」

「生き延びた僅かな者達も 兵士に殺されて・・」

「僕はただ一人の生き残りだよ うふふ」


「あの廃墟に何しに来たの? 
廃墟の幽霊を見に来たの それとも廃墟の謎を解きに?」

「まあ いい 忘れてね」
少年の口元に光るのは 小さな牙 血の雫が滴り落ちて・・・


そして次の日

村で祭りが始まる

「ねえ 確かに僕ら あの廃墟に行ったよね」「・・うん」

「でも気が付いたら 部屋のベットに寝てて・・」

「あ、祭りが始まるよ」「お菓子も沢山あるよね」

子供達は走り出す

「また来てるかな あの吟遊詩人の少年」

「きっとね」


何事もなく村の祭りが始まる