誰かに頭を撫でられています。
 暖かくて大きな手……お母様? それともお父様?

「…………本当に、すまなかったな」

 ポツリと聞こえた囁き声は、お父様よりも少しだけ低くて柔らかな音でした。
 なんとなく起きたくなくて、夢現のままで目蓋をとじていました。

「はぁ…………一刻も早く呪いをなんとかせねば」

 ――――あ。

 この声はラルフ様です。
 そうですよね、早く解放されたいですよね。
 見知らぬ女に愛を告げてしまうなど、辛い以外の何でもないですよね。

「ん……ん、んーっ」

 わざとらしく『目覚めましたよー』みたいな声を出して、そっと寝返りを打つと、ラルフ様が私から離れていくのが気配で分かりました。
 ゆっくりと目蓋を押し上げると、ベッドの横にラルフ様がずずんと厳しい表情で立たれていました。
 存在に気付かず寝起きに見たら絶対にチビってしまう圧です。

「あ……えと…………おはようございます?」

 にへらっと笑って挨拶しましたら、何故か特大の溜め息を吐かれました。

「男が自分の寝室にいたら叫びなさい」
「えぇぇ? えと、きゃー?」
「イレーナは本当に可愛…………はぁぁぁ」

 クスリと柔らかい笑顔で笑われた直後、またもや呪い発動です。ラルフ様は眉間に皺を寄せて、更に更にのまたもや大きな溜め息を吐かれました。

「昼の準備が出来たから呼びに来た」
「あっ! 申し訳ございません。すぐに参ります」

 慌ててベッドから下りようとしましたら、ラルフ様がそっと右手を出して下さいました。
 ご迷惑ばかりおかけしているのにも関わらず、紳士的で優しい方です。

 因みに、普通の紳士は異性の部屋に勝手に入ったりしませんが、ラルフ様の場合は呪いがあるので、そこらへんはノーカンでいこうと思います。
 なので、心からのお礼を言いました。

「ありがとう存じます」
「はぁぁぁ。危機感を持ちなさい」
「へ?」

 何故でしょうか? 呆れ返られてしまいました。



「ふんむ! お、おいひぃ!」
「咀嚼し、飲み込んでから話しなさい」
「ひゃい…………ごめんなさい」

 食事があまりにも美味しすぎて、口に入れる度についつい感嘆して声が漏れてしまいました。
 普通に注意されてしまいました。

 我が家は……マナーに少しルーズで、『ある程度できてれば大丈夫!』なスタンスです。
 というのも、お母様は小さな商家の出身で、お父様は万年貧乏準男爵家。ガバナンスなど個人で雇えるわけもなく、貴族的マナーはちょっと緩めに両親から習いました。
 粗相しないようにと気をつけていたのに。失敗です。

「可愛――――。………………いや、喉に詰まらせると大変だから」
「はい! ご心配ありがとうございます」
「…………ん」

 何故かラルフ様がしょんぼりしています。
 またもや粗相をしてしまったのでしょうか? ちゃんと咀嚼し飲み込んでから、返事しましたよ?

「気にしないでくれ」
「はい!」
「はぁ…………もにもに動くほっぺたが可愛い…………」
「へ? 何か仰られました?」
「……気にしないでくれ!」
「はぁい」

 ラルフ様が何か呟かれたのですが、聞き逃してしまいました。きっとまた呪いのやつですね。
 大丈夫です。私はスルーする能力がありますので!

「はぁ……ドヤ顔も可愛い」

 ――――ん? 何か聞こえたような? まいいか!