あれよあれよという間に、シルバーブロンドの騎士様もとい、ラルフ様と共に、お城から追い出されてしまいました。

 ガラガラ、ヒヒーン。
 車輪の音、馬の嘶き。
 それだけが馬車内に響いています。

「……あの」
「…………」

 向かい側では、ラルフ様が前屈みになって頭を抱えています。
 この空気を何とかせねばと思い声を掛けましたが、ひっじょぉぉに気まずい空気は破れずです。

「…………………………可愛い」
「はい?」

 ボソリと何かを呟かれましたが、聞き逃してしまいました。
 またもや馬車内はシーンです。

「だから、可愛――――んんっ! イレーナ嬢は、私の屋敷で暮らすことは納得しているのか?」

 魔女様と王女殿下から、私はラルフ様のお屋敷で暮らすようにと命令されました。家族への説明や荷物の手配はすべてしてくださるとのことでした。

「ラルフ様のお屋敷には男性がいないのですよね?」

 王城で男性とすれ違う度に、心臓がギチリと握りつぶされるような恐怖と、滝のような脂汗、指先の震えが出てしまいました。
 いくら下級貴族とはいえ、家には男性使用人が何人もいますし、食料を搬入してくる業者もいます。
 彼らを見かけるたびに、恐怖に震え泣き出しそうになる姿を晒すのは、彼らに失礼だし、自身としても嫌でした。

 ラルフ様のお屋敷は、年配の女性使用人を二人しか置いておらず、食料も使用人が近くの市に買いに行っているとのことでした。

「あぁ…………柔らかいな」
「ひょぇ?」

 ラルフ様が何故か私の右手をそっと取り、優しく撫でて来られました。

「あ、あの?」
「っ! こっ、これは……! 魔女の呪いでっ!」
「あ……はい。解っております」
「ん。…………我が屋敷には、侍女長クラスの者が二人いるだけだ。食事も彼女らがきちんと準備してくれるから心配はないが……」

 それなら安心です!
 両親には心配を掛けて申し訳ないですが、上級貴族のお屋敷に住み込みで行儀見習いに出たと思ってもらいましょう。

「では、私はお掃除などをお手伝いしますわね」
「……は?」
「え?」

 だって、トラウマを克服するまで住まわせてもらうのですから、何か対価を払わなければならないですよね? そう思っていたのですが、ラルフ様はそうは思っていなかったようです。
 隣にさっと移動して来られました。

 ――――ち、近い。

「私は、君を一生愛するのだが? 一生愛する君を手放すと――――づあぁぁぁ! これは、呪いのせいっ!」
「あ、はい。解っていますので、お気になさらず」

 解ってはいますが、心臓はドッキドキです。でも、これはバレないようにしないと。これ以上ラルフ様に心労を与えてはいけませんから!

「……絶対、わかってない………………」
「へ? 何か仰られました?」
「愛――――なんでもない!」

 眉を釣り上げてムッスリとしたラルフ様のお顔も格好良いのは格好良いのですが、ちょっと怖いです。
 あと、何故か手はずっと握られ、軽く撫でられたり揉まれたりしています。
 ラルフ様のお屋敷まであと十分ほどらしいのですが、ずっとこのままなのでしょうか?
 私、手汗べショベショになっていないでしょうか?
 色々と心配です。