「――――目を覚ましなさい」

 優しそうな女性の声が聞こえます。

「お願い、起きてちょうだい」

 可愛らしい女の子の声が聞こえます。



 ゆっくりと目蓋を押し上げると、艷やかにウエーブした真っ黒な髪の毛の女性と、煌めくような金色のロングヘアーの女の子が視界に飛び込んで来ました。

「ほへ?」
「良かった。すぐに治癒魔法を掛けるわね」

 ――――治癒魔法?

 治癒魔法という言葉を使えるのは、この国でたった一人だけ。

「まひょ、はま?」

 魔女様、と言いたかったのに、上手く話せません。

「あへ?」
「大変な時にごめんなさいね。寝ていては治癒魔法の効きが悪いから――――」

 右足首骨折、左手骨折、歯が三本折れ、頬は腫れ上がり、腹部は妙に腫れているそうです。
 腹部の腫れは……どっちかわかりませんが、言われて全身が痛いことに気が付きました。

「……いひゃい」
「えぇ、ええ。痛いわよね。私の護衛騎士がごめんなさいね」

 私の護衛騎士、そう言えるのは――――。

「ひぇんか」
「本当にごめんなさいっ」
「殿下、発動させますので少しお下がりを」
「っ……うん」

 魔女様が私の顔の上に手をかざしました。
 じんわりとした温かさを感じます。
 あら? 何だか熱い……あれ? ものっそい熱い!

「いっ…………」

 痛いです。びっくりするほどに痛い! でも何だか言えない雰囲気です。
 だって、魔女様の額に青筋が立ち、汗だくになりながら、治癒魔法を掛けてくださっているのです。
 私には魔力を見ることは出来ませんが、部屋の隅まで下がられた王女殿下が胸の前で指を組み、青い顔でこちらを見つめているので、とても凄くて大変なことが行われているのでしょう。

 何故か『王族は必ず魔力を持って産まれる。強い魔力には、強い代償を伴う』という伝承がふわりと頭の中に浮かび上がりました。

「っ、うっ!」
「もうちょっとよ。頑張って! …………ふぅ。終わったわ」

 魔女様がそう仰っしゃられた瞬間、バンッ! と大きな音を立てて、部屋のドアが開きました。

「治癒は成功しましたか⁉」
「「……」」

 ドアから勢いよく入ってきたのは、いつも食事を持ってきてくださっていた、シルバーブロンドの騎士様でした。



「淑女の部屋に無断で入るなんて非常識な事、騎士団は是としているのかしら? そういえばこの子を酷い目に遭わせたのも騎士団だったわね。いつの間にこの国の騎士道はそこまで落ちたのかしら?」

 魔女様の額にまたもや青筋がビキビキと浮き上がりました。治癒魔法の時よりも何だか凄い気迫を感じます。

「私はただ心ぱ――――っ! ぶ、部下の後始末と謝罪をしに参りました」
「……ふぅん。へぇ。ほぉ」

 何故か魔女様がニヤニヤとしています。相槌がとても適当です。いったい何が面白かったのでしょうか?

「イレーナちゃん、体調はどお? 痛いところや苦しいところはあるかしら?」

 そう言われて自身の手足や顔、お腹などを触ってみました。
 どこも痛くありません。苦しくありません。
 お腹はプニッとしたままです。

 凄いです!
 凄すぎです!
 あんなにも痛かったのに、苦しかったのに、手足はパンパンに腫れていたのに。
 綺麗に元通りになっていました。

「っ! 魔女様、ありがとうございます! 王女殿下、ありがとうございます!」
「「良かった」」

 可憐な声と優しい声と低い声とが重なって聞こえました。
 シルバーブロンドの騎士様にそっと視線を向けましたら、眉間に大峡谷を刻まれていました。
 何故に睨まれているのでしょうか? もしかして、まだまだ暗殺を疑われているとか? どうしましょう⁉ ちょっと怖いです。