ラルフ様は私から解放されたい。
 それは当たり前のことなのに、私の心臓に深く深く突き刺さりました。
 喉の奥が苦いです。

「屈強な男でも心折れるほどの、恐ろしい行為だったと思う。私のことも恐ろしくなったのだろう?」

 ラルフ様が沈痛な面持ちで話を続けられました。
 騎士団の各隊で連携が取れていなかったこと、私を拷問したあの男性が暴走したこと、それを止められなかったことを謝られました。

「泣かせたくは…………なかった。傷付けたくはなかった」

 ラルフ様の右手がゆっくりと伸びて来ます。
 いつの間にか左頬を伝っていた涙をそっと拭われました。

「好きだ――――ックソ。これは私の言葉だとは思えない」

 ――――え?

「こんなタイミングで言いたくはない。丁寧に接したいが、それが出来そうにもない。君を怖がらせたくはないんだ」

 ――――え、え?

「だから、逃げなさい。私から」

 ラルフ様が右手で頬を撫でたあと、親指でふにりと下唇をなぞりました。

 背中が、腰が、ゾクリとしました。
 ラルフ様の真剣なお顔と、猛獣のように光る瞳で、『食べられてしまう』という言葉が脳内に浮かび上がりました。

「お、王城に行かせてください」
「…………ん。明日の朝、手配する」

 ラルフ様が寂しそうに微笑まれたあと、もう一度頬を撫でてから部屋から出ていかれました。



 翌朝、ラルフ様より馬車の準備が出来たと告げられました。それとともに、同乗していいかとも尋ねられ、勿論ですと答えると、また謝られつつ頬を撫でられました。

「可愛――――っ、ハァ。気にしないでくれ」

 いくら魔女様や王女殿下のご命令でも、これは可哀想過ぎます。
 なんとかしないと!

 王城にある魔女様が住まわれている塔の、魔術や錬金に関する本や道具が所狭しと置かれている『研究部屋』という場所に通されました。
 魔女様は今日も妖艶な美しさがあります。真っ黒な髪に真っ赤なドレスがとても映えていました。

「失礼いたします」
「こちらにいらっしゃいな。で、頼みって、なぁに?」
「あのっ――――」

 好きでもない私に愛を囁やき続ける苦痛などを滾々と訴えました。
 ラルフ様を解放して欲しい。
 そもそも、私が実家の部屋に閉じこもっていれば良かったのです。
 格好良い男性に好意を寄せられていて、護ってもらえるという、まるで子供向けのお伽噺のような状況につられて、流されて……ついつい甘えてしまっていました。

「本当に申し訳ございませんでした」

 ラルフ様と魔女様に頭を下げて、滲んだ涙は瞬きで散らしました。

「……ふうん? ラルフ、貴方の意志が弱いせいでこんなことになったみたいよ?」
「へ? で、ですから、私が――――」

 魔女様が、ハァと大きな溜め息を吐かれました。

「あのね、私が掛けたのは『(のろ)い』じゃなくて、『(まじな)い』なのよね」

 ――――はいぃぃ?