「でも、姫の血の匂いは知ってる」

 その瞬間、私はレオと出会った日のことを思い出した。


 あの日、私は帰りが遅くなってしまった。

 まるで街が寝ているように感じるほどの時間帯に、一人で歩いていた。

 そのときだ。


「こんばんは、お嬢さん。こんな時間に一人だなんて、危険ですよ」


 笑顔を貼り付けた四十代くらいの男が、前から現れた。


 それは幻の存在だと思っていた、吸血鬼。

 奴の歪む笑顔の中で見えた、人間を傷付けるために存在する鋭い歯で、そうであることに気付いた。


 昔から吸血鬼の存在は教えられていたが、見たことはなかったので、子供たちを脅すための嘘だと思っていた。


 でもそうではなかったのだと知り、私は恐怖に襲われたが、立ち止まっている場合ではないと、必死に来た道を走って戻った。


「おや、私から逃げるおつもりで?」


 離れたはずなのに、吸血鬼の声はやけにうるさく聞こえた。

 そのとき、私は脚がもつれて転けてしまった。

 下手な転け方をしたようで、身体が痺れて痛い。


 ああ、終わった。


 奴の手が伸びてきて、死を覚悟し、目を閉じる。


「ギャッ」


 しかし悲鳴を上げたのは、吸血鬼のほうだった。

 目を開けると、吸血鬼が仰向けに倒れている。