「イットの彼女じゃないなら、俺が口説いても問題ないでしょ」

「そういう話じゃねぇだろ。そもそもガキだぞ?」

「可愛いじゃん! ていうか本人の意思を尊重しなきゃ。イットは邪魔だから、はい、どいてー」


半ば強引に一糸先生の身体が横へ除けられ、回避する間もなく、奇妙なトライアングルが完成してしまった。


苛立ちがチラつく冷徹な瞳の一糸先生と、面白いおもちゃを見つけたかのように瞳を輝かせている晴士さん。……このタイミングで私に全てを委ねるなんて、解せない。


「…………」

「ふぅ」

「あっ、ごめんなさい」


無難な回答を探していたのに、一糸先生の一声で反射的に頭を下げていた。


溜めに溜めた挙げ句、なんという語彙力のなさ。それもこれも、こんな場面で先生があだ名の件を持ち出してきたせいだ。一糸先生は卑怯だ。


「あははッ! 冗談だよ。ちょっと、からかいたくなっただけ。ゴメンね!」


顔を上げると、晴士さんが鼻先で手のひらを合わせる。


「晴士、お前のせいで時間ロスした。こいつ送って来るから」

「はーい! 芙由ちゃん、送り狼に気をつけて。またね」


――――送り狼?


聞き慣れない言葉は心で唱えるだけに留め、尋ねるのはやめた。現在進行系で不機嫌そうな一糸先生は、“さわるな危険”だ。




焼き鳥屋『オオカワ』までは徒歩も車も大差ない、ということで、帰りは街灯が灯る路地を2人並んで歩く。


雨は既に上がっていたが、進行方向から流れてくる夜風は少しばかり肌寒かった。