学年毎に並ばされた私の背後から聞こえてきたのは、確かめるまでもなく一糸先生の声だった。だが、前にいたカンナが振り向きざまに大声を上げたせいで、つい私まで振り返っていた。


「てか、えっ、春先生が髪まとめてるのヤバイ!」


いつもなら、名前を連呼しているカンナに呆れるところ。でも先生の姿は、それすらできない破壊力があった。


ジャージは登山の時と同じ物なのに、お団子ヘアにするだけで、ここまで印象が変わるものなのか。

……先生のことは一切好きじゃないけど、この無造作に束ねられた黒髪から漂う色気は、私でも否定しようがない。


「おお! 先生それ、男のオレでもそれは惚れる!」

「走るには邪魔なのでまとめただけですよ」


一糸先生が陽平の褒め言葉を受け流しても、カンナの声に導かれた観客は黄色い声を上げ続ける。


今回のリレーには陽平と要も選ばれたので多少警戒していたが、それどころじゃなくなった。旧校舎の屋上で一緒に昼休みを過ごしているとバレれば、きっと敵が増える。もしかしたら、成弥くんよりも――。


「椎名さんどうしました? 顔怖いですよ」


半身を捻ったまま、先生をもう一度見上げる。


「……先生って身長いくつですか?」

「えーっと、185くらいですかね。椎名さんは?」

「4月の測定で165でした」


場しのぎのどうでもいい話題に、一糸先生が苦々しく笑う。


「お互い、イメージ先行型で苦労しそうですね」


ルックスは申し分なくて、性格もまあまあで、まだ見たことはないが絵も上手。加えて、いかにも『運動できます!』というスタイルで登場して――。


欠点が一つもない人間なんて存在するのだろうか。