ガサガサ、ガサガサ

 「毬や~どこに行った~」

 突然背後から草をかき分ける音と共に男の声が聞こえた。大人の男というよりはまだあどけさなが残る少年のようなかすれた声だ。辺りを見渡すと生い茂った藪の中に人影が見えた。

 「あっ、あった!もう少し…」

 人影は木によじ登ると少し高い場所にある枝に手を伸ばしている。何かひっかかった物でも取ろうとしているようだった。ガサガサ、ガサガサと葉が擦れる音がしたあとバキバキバキッと枝が折れる音と共にドスンと大きな音が聞こえた。

 「イタっ…うぅ…」

 すぐにうめき声が聞こえた。私は急いで藪の中の木々をかきわけ近寄った。見ると十四、五才くらいの少年が草むらの中でうずくまっている。苦痛の表情をし血がポタポタと滴る手首を押さえていた。

 「た、大変!」

 私はすぐに少年の隣に座り腕の袖をめくり傷口を確認した。木から落ちた時に運悪く枝で手首を切ったのだろう、血が溢れ出ている。私は急いで手巾を取り出し傷口に当て上から強く押えた。見た目よりも傷口が深いらしくすぐに手巾に血が滲んだ。

 この布だけで止血できるだろうか…確か茜の葉には止血作用があったはず…この藪の中だったら見つかるかも…。

 「そのまま腕を高くして。今止血できる薬草を探してくるから、このまま強く上から押えておいて」

 私はそう少年に伝えると、急いで草むらの中の茜の葉を探しはじめた。よく子供の頃、母と共に土手や雑木林に入っては様々な野草の種類を教わった。茜の葉も例外ではなく何度も目にしたことがあった。田舎の農家で生まれ育った母が与えてくれた知識に大いに感謝した。

 運良く探しはじめてすぐに藪の中で十字のハート型の茜の葉を見つけた。私は急いで葉をかき集めると少年のもとに戻った。正しい処置の仕方はわからないが、とにかく集めた茜の葉をもみほぐした後傷口に押し当てもう一度手巾で強く縛り直した。

 「これで止血できるといいのだけど、傷口が深そうだから後で必ず医官に診てもらって」


 「わかった」

 少年が真っすぐな瞳で答えた。よく見ると少年は美しい薄水色の衣をまとい、髪もきれいに頭上高く結われていて翡翠の簪がキラリと光っている。見るからに身分が高そうだ…。でも今はそんな事を考えている場合ではない。

 「立てる?」

 少年は軽く頷いたあとゆっくりと起き上がるとボソリと言った。

 「そこに、毬があるのだ…」

 「毬?」

 少年が指さした先の藪の中に山吹色の毬が見えた。

 「その毬を探しに、山の中に入ったのだ」

 「そう…」

 私は毬を拾い上げると少年の体を支えながら来た道に戻った。ちょうど寺の境内に戻ると石の上で座っていた大柄な男が私達の姿を見て飛んできた。

 「わ、若様!お、お怪我を⁈」

 男はあたふたと近寄ると眉間にシワを寄せ不安気に少年の顔を覗き込んだ。そしてすぐに私を見ると勇ましい顔で怒鳴った。

 「そなたが、若様に傷を負わせたのか?なんたることを!」

 そして腰に刺してあった剣の柄に手をかけた。

 「違うのだ、落ち着け鎌足(かまたり)。この者は何も悪くない、私を助けてくれたのだ」

 少年が男を諌めるように言った。

 「まことでございますか若様?」

 男はまだ疑わし気に私を見ている。

 「そうだ、私がこっそり境内で蹴鞠の練習をしていたのだ。そなたを負かしたくてな…でも、毬を強く蹴ってしまい運悪くそこの藪の奥に飛んでいってしまった。毬を探している最中に誤って傷を負ったのだ。本当だ鎌足(かまたり)、この者は何も悪くない」

 「さ、さようですか…」

 男はバツが悪そうにそう答えたあと、再びキッと鋭い目で私を睨みつけ言った。

 「なれど、皇子様に何かあればそなたも生きてはおられぬからな。じきに天下を治められる高貴なお方であるのだぞ」

 「よさぬか鎌足(かまたり)、軽い怪我くらいでそうムキになるな」

 少年は苦笑いをし私をちらっと見た後、男と共に寺の奥へと消えて行った。