翌日、私達は予定通り朝早くに橘宮(たちばなのみや)を出発した。荷物を肩から斜めにかけると草鞋を入念にチェックした。まるで小学校の遠足にでも行くようでウキウキした。

 「燈花(とうか)様と共に行くので荷物が半分に減りました」

 小彩(こさ)が申し訳なさそうに私を見て言った。いくら体力のある彼女といえども7キロ弱の山道をこの荷を持って一人歩くのはしんどいに違いない。もちろん力になりたいと思って申し出た事だが、それよりも彼女の個人的な用が何なのかを知りたかった。

 「でも何故こんなに沢山の食材を持っていくの?」

 いつも必要最低限の物しか買わない質素な小彩(こさ)が珍しく大量の物を欲張って詰め込んだ気がしていたのだ。

 「実は近江より皇子様がお戻りになり、しばらく多武峰(とうのみね)の寺に滞在するようなのです。昨年大唐より帰国されました先生の下で儒学を学ばれるとかで…」

 「そう…」

 近江からの皇子さま…か…。始めは二人で他愛もない会話をしながら山道を歩いていたが、忠告された通りの険しい山道に入ると途中何度も足が止まった。

 それでも何とか歩みを進めていくと木々の奥に寺の瓦屋根らしきものが少し見えた。あと少し、あと少しと自分を励ましやっとの思いで登り終えると寺の境内らしき場所に出た。あたりはシーンとしていて人の気配はなく、寺からは線香の白い煙と白檀の香りが漂っていた。

 やっと着いた…荷物を降ろし曲がった腰を伸ばした。びっしょりかいた額の汗をぬぐうと山から涼しい風が吹いてきた。ひんやりとした風が気持ちいい。あらためて辺りを見回すと寺の境内を囲むように青々とした青紅葉が茂っている。

 「燈花(とうか)様、ありがとうございました。とても助かりました」

 先に登り終わっていた小彩(こさ)が寺の奥から顔を出し、慌てて走ってきて言った。

 「小彩(こさ)、あなたの言う通り険しい道のりだったわ。疲れたけどとても気持ちがいいわ」

 私は上がった息を整えながら言った。

 「それを聞いて安心しました。私、残りの荷物をこの先にある屋敷に運びますので、燈花(とうか)様はここで待っていて下さい」

 「え?この先にも屋敷があるの?」

 私がっくりと肩を落として言ったのがおかしかったらしく、小彩(こさ)はクスクスと笑ったあと残りの荷を手に取った。

 「悪いけど、私はここで待っているわ、限界よ…」

 その場にしゃがみこみ力なく答えた。

 「もちろんでございます。そうだ燈花(とうか)様、そこの藪の中に見える小道を少し行った先に、山の麓を見渡せる小さな場所があるのです。天気もいいですし、もしかしたら飛鳥の都が見えるかもしれません」

 「そうなの⁈なら、行ってみるわ!」

 まるで高山の登頂に成功したかのような満足感が湧き上がり、疲れが吹き飛んだ。

 私は小彩(こさ)を見送ると、教えてもらった小道を木々をかきわけながら進んだ。言われた通り少し行くと目の前が開け眼下に青々とした山々が広がった。

 圧巻の景色だ。山々の奥に小さく朱色の建物が見えた。きっと飛鳥の都に違いない。
 空はどこまでも青く澄み渡り真っ白なうろこ雲がぷかぷかと浮いている。ちょうど都の頭上にかかった白い雲が大空を駆け巡る白龍のように見えた。その姿を眺めているうちに山代王を思い出した。

 きっと彼もこの雲の龍のように朝廷の中を高く高く昇っていったのだろう…。喜ばしいことなのに胸がきゅんと痛んだ。