“ポンッ”
何かが弾ける音を聞いた気がして目が覚めた。う~ん、なんの音だろう…。瞼を閉じていても太陽の光が眩しい。朝の静寂の中、眠い目をこすりながら起き上がった。
目の前の光景に息をのんだ。辺り一面美しい蓮の花に囲まれている。鮮やかで透き通るような桃色の花びらが蕾の中からあらわれた。小さい蕾のものから背の高く大きく開花したものまである。夜の暗闇の中ではここが美しい蓮の池だとは想像もしなかった。
隣では林臣はまだグーグー寝ている。
「林臣様、起きてください。朝になりました。林臣様…」
「んん?もう朝か…早いな…ふぁぁ…」
林臣はゆっくり体を起こすと目の前の蓮の花をじっと見つめた。
「音を聞いたか?」
林臣が突然聞いて来た。
「えっ?」
「夜と朝の境目に蓮の蕾が開く音が聞こえるらしい……」
林臣が目の前に広がる蓮の池を見つめたまま言った。今日の彼はいつになく感傷的だ…なぜだろう…。
林臣が続けて言った。
「早朝に咲く蓮の花は格別に美しい…」
「蓮の花がお好きですか?」
「泥が濃ければ濃いほど美しさを増すという、こんなに清らかに咲き誇る神聖な花は他になかろう…」
「えぇ…」
意外だった。この大悪党の汚名を持つ男が蓮の花が好きだなんて思ってもみなかった。これまで見た事のない彼の穏やかな横顔を見て思った。
…歴史書の言う事は本当なのだろうか?
対岸から屋敷の使用人らしき男がこちらに向かって大きく手を振り何か叫んでいる。
「若様!月杏様がお越しになっておられます。いかがされますか?」
「すぐに向かう、中に通せ!」
「承知いたしました」
男はそう言うと林の中へと消えていった。
「戻るゆえ、船に乗れ」
「はっ、はい…」
私達を乗せた小船はぐらぐらと不安定に揺れながら、蓮の花の中をすり抜け対岸へと向かった。船から降りると林臣が言った。
「猪手におくらせるゆえ、ここで待て」
「えっ?いえ、大丈夫です。一人で戻れますので」
「さようか…」
林臣はそう言うと屋敷の方へと歩いて行った。
