「燈花(とうか)様?燈花(とうか)様?」

 「はっ、何?」

 思わず大きな声で返した。

 「大丈夫ですか?何か思い出されましたか?」

 「ううん、もっと昔の事をなぜか思い出していたわ…」
 

 「そうですか…あの…ずっとお尋ねになりませんが、私からはその…お話しづらくて…」

 小彩(こさ)が困った表情を浮かべチラチラとこちらを見ながら口ごもっている。その姿を見た瞬間、何を言いたいのかがわかった。

 勇気を出して聞いてみないと…いつまでもこの話題から避けてはいられない…

 「私も今日になり、気持ちが落ち着いてきたの。で、聞きたいのだけど…山代王様は…」

 緊張でつばをごくりとのんだ。

 「はい…正直に全て申し上げてもよろしいですか?」

 小彩(こさ)は確認するように私の顔を一度見ると神妙な面持ちで言った。

 「えぇ、もちろんよ」

 私が深く頷いた事に安心したのか、(せき)を切ったように小彩(こさ)がこの十三年間の出来事を話し始めた。

 「実は大変な日々でございました。燈花(とうか)様が東国に急にお帰りになって山代王様は毎日毎日大荒れでございました。毎日のように小墾田宮(おはりだのみや)を訪ねては、東国に行かせて欲しいと懇願されました。しかし、中宮様は断固としてそれをお許しにならなかったのです。随分と中宮様も事情を説明し説得をされたのですが、聞く耳をもたず自暴自棄になり毎日大量のお酒を飲んでおられました」


 そ、そ、そんな…どうしよう…真実は言えないし困ったわ…

 「で、その後の山代王様のご様子は?」

 「はい、茅渟王(ちぬおう)様や王妃様に励まされ、なんとか少しずつ本来の山代王様にお戻りになられました…その後中宮様がお亡くなりになり、喪が明けたのち…阿部家のご息女の紅衣(こうい)様を正室としてお迎えしたのです。茅渟王(ちぬおう)様や王妃様も大変お喜びになって、それはそれは盛大な宴でした」

 小彩(こさ)がバツが悪そうに私を見た。

 「いいのよ私に遠慮することはないわ。阿部家の紅衣(こうい)様の入宮は初めから決まっていた事だったもの…」

 そうは言ったものの胸の奥がキュンと鳴った。心は正直だ。きっとこうなる運命だったのだろう…紅衣(こうい)様とは一度小墾田宮(おはりだのみや)ですれ違った事がある。あの時はまだ幼い少女の面影だったが今はもう立派な女性のはずだ。きっと子にも恵まれているのだろう…。仕方がなかったのだと何度も自分に言い聞かせた。