小墾田宮(おはりだのみや)の宮では、、

 「中宮様、夜更けに申し訳ありません。まだ起きておいでですか?」

 「ん?誰だ」

 中宮は眠っていたが、侍女の慌てた口調を察しすぐに床から起き上がった。

 「先ほど、星宿台の神官の青昴(せいみょう)様が早急に会いたいとやって参りました。見るからに急用のようでございますが、どうされますか?」

 「そうか…すぐに支度をして参るゆえ、奥の部屋に案内しなさい」

 「はい、承知しました」

 「青昴(せいみょう)よ、待たせたな」

 「中宮様、こちらこそ夜更けに大変申し訳ありません。ですが至急外に出て星の動きを確認して頂きたいのです」

 青昴(せいみょう)が深刻な眼差しをしかつ震える声で言った。庭は月明りで隅々まで青白く照らされている。

 「中宮様、あれをご覧下さい」

 そう言うと青昴(せいみょう)が東の空を指差した。

 「な、なんと…」

 見上げた東の夜空に青白く光る彗星が見える。尾は東から西へと長く伸び北斗七星に向かっている。青昴(せいみょう)が息をひそめて言った。

 「文献によると、あの彗星は古代より過去、現在、未来を結ぶ不思議な力があるそうです。古代人はこの摩訶不思議な力を忌み嫌い、祈祷師を幾人も集め魔除けをしたとあります。私自身この光景を見るまでは半信半疑でしたが、今宵はっきりと北斗星に向かい彗星が現れたということは、中宮様が以前より予知し危惧されていたとおりなのかもしれません。明らかに不吉な予兆です。すぐに、星宿台の者達全員を集め祈祷を始めます。恐らく明日の夜あたりに、一番彗星がこの飛鳥の地に近づくかと…」

 「明日の夜にか⁉︎急であるな…わかった…仕方あるまい。悪いがすぐに祈祷を初めておくれ。あと、朝一番に豊浦大臣(とゆらだいじん)を連れてきなさい」

 「はっ、承知しました」

 中宮は部屋に戻るとタンスの奥にしまってあった黄色の絹布にくるまれた小箱を取り出した。もう何年も何年も長いこと開けていない、まるでパンドラの箱だ。蝋燭一本の明かりのもと布をほどき、ゆっくりと小箱の蓋を開けた。   

 そして箱の中から丸く美しい瑪瑙の石を取り出した。石には橘の実と葉が刻まれている。

 そなた、こんなに早くに行ってしまうのか…

 取り出した瑪瑙の石をじっと見つめながら中宮は深いため息をついた。