「何者だ!このような夜分に怪しいものめ!この神聖な土地に入るとはなんたる無礼者!」

 年老いた側近の男が凄い剣幕で怒鳴ったが、私はいたって冷静だった。

 「いえ、断じて怪しいものではございません。私は此度の行幸で参りました侍女でございます。医術には少しだけ心得がございます。どうか大王さまのご容態を確認させて下さい。一刻を争うものかもしれません、どうか大王さまのお体に触れる事をお許し下さい」

 「えい!何を戯けた事を申すのだ!会ったばかりの見ず知らずの者を信じられるわけがあるまい!」

「しかし三輪(みわ)様、大王さまの脈が確認できません一刻を争うものです」

 脈をみていた男がうろたえた声で叫んだ。

 「くそっ!え~い緊急事態だ仕方あるまい、そなた怪しい動きをしたら容赦せぬぞ!妖女とみなし即処刑だからな!わかったな!」

 

 私は黙ってうなずくと急いで大王の呼吸を確認した。やはり呼吸が止まっている。きっと湯に落ちた時に頭を打ち、そのまま気を失い大量の湯を飲んだのだのだろう。まずは呼吸を促さないと…

 横たわる大王の顎を持ち上げ、鼻をつまむと意を決っし、そして心の中で叫んだ。

 大王様、どうか私の無礼をお許し下さい!!

 「貴様何をするつもりだ!」

 側近の男がまた怒鳴った。

 「お静かに!今から胸にたまった水を出し呼吸を促します」

 私も負けずにピシャリと言った。


 「どうするだ⁉︎」

 まわりを囲んでいた男たちがざわついたが、迷うことなく大きく息を吸い込みヒューーと大王の口めがけて息を吹き込んだ。人工呼吸の練習は人形を使って何度もした事があった。現代ならAEDがあり、ほどなく救急救命士が飛び込んでくる…なんて現代はありがたい世界なのだろう、こんな非常事態に人工呼吸をしながらこの間まで生きていた現代に感謝をしていた。大きく二度呼吸を送っては馬乗りになり胸を十数回押す。これを何度か繰り返したあと、

 「ゴボッゴボッ…」

 と、運良く大王は口から大量の水を吐き出し呼吸を始めた。

    良かった、呼吸が戻った!

 「大王様!大王様!しっかりしてください!」

 私は大王の頬に手をあて必死で呼び掛けた。

 「うーん…」

 うっすらと目を開けたが、まだ意識が朦朧としている様子だ。

 「大王様!ご無事ですか!良かった」

 心配そうに見守っていた臣下達が、一斉に安堵の表情を浮かべ、へたへたとその場にしゃがみ込んだ。

 「意識が戻られたら、体が冷えぬように乾いた衣に着替え温めて下さい。(やしき)に戻りすぐに医官に診てもらってください。ではこれで失礼いたします」

 私は側近の年老いた男にそう告げると、すっとその場から逃げるように立ち去った。

 「そなた待つのだ!」

 男の呼び止める声も無視をして暗闇の中を走った。帰る途中なんどか後ろを振り返り追われていないことを確認した。

 とにかく驚いた。救命救急の講習は毎年受けている。まさか飛鳥時代で人工呼吸を実践するとは夢にも思わなかった。しかし緊急事態とはいえ、あんな方法はこの時代では通用しない。しかもよりによって尊い身分の茅渟王(ちぬおう)さま、大王だ…。どうしよう…もし私だとわかったら…ついに切腹だろうか?神様どうか茅渟王(ちぬおう)さまが私だと気付きませんように!山代王さまから頂いた指輪も置いてきてしまったし今更もう戻れない。ツイてなさすぎる、、仕方ない。また明日取りにゆこう…しかし来るときはこんなに歩いただろうか、、。

 あまり覚えてないがふらふらとしながら部屋に戻ったと思う。月は既に空高く昇っている。おかげで体はすっかりと冷えてしまっていた。