ギュイーン!ギュィーーン!というイノシシのけたたましい鳴き声が山の中に響いた。数分続いたと思う。しばらくして静かになったので恐る恐る顔をあげてみると、さっきまでそこに居たイノシシの姿はもうない。代わりに慌てた様子の小彩(こさ)が這いつくばりながら背後から近寄ってきた。

 「燈花(とうか)様大丈夫ですか⁉︎あぁなんてこと!血が出ていますよ!まさか噛まれたのですか⁉︎」

よく見るとすねから血がしたたっている。イノシシが気になり全く痛みを感じなかった。血を見た小彩(こさ)の顔は真っ青になりパニック状態だ。おそらく転んだ時に木の枝で切ったのだろう。

 「大丈夫よ、噛まれたのではないからかすり傷よ」


 「どうしましょう!出血を止めなくちゃ」

 小彩(こさ)は慌てて衣の裾をビリビリと破ると傷の上からグルグルッと巻いた。

 「燈花(とうか)様、歩けますか?もう少し歩けば山道に出るのですが…」

 「えぇ、立ってみるわ…」

 なんとか立ちあがろうしたが足を軽く地面につけるだけで足首に激痛が走った。

 「ダメだわ、思ったよりも強く足をくじいているみたい。小彩(こさ)、私は歩けないから誰か呼びに行ってきて、ここで待っているから」

 「そんな、燈花(とうか)様を一人置いていけません」

 「大丈夫よイノシシもどこかに行ってしまったようだし」

 その時、遠くから誰かが呼ぶ声が聞こえた。

 「燈花(とうか)小彩(こさ)!!聞こえるか?返事をしてくれ!」

 「燈花(とうか)小彩(こさ)!どこにいる」

 名前を呼ぶ声が大きく鮮明になった。

 「燈花(とうか)様、誰か助けにきてくれたようです!」

 小彩(こさ)が鼻の穴を大きくして興奮ぎみに言った。

 「ここです!ここです、助けて下さい!」

 小彩(こさ)は勢いよく立ち上がると持っていた白い布を声の方向に一生懸命に振りはじめた。ガサガサと葉っぱをかき分ける音が聞こえ、林の中から一人の青年が姿を現した。そう山代王だ。

 「や、山代王様⁉︎なぜこちらにおいでなのですか⁉︎」

 小彩(こさ)は目パチパチさせながら驚いて叫んだ。

 「二人とも無事か⁉︎」

 「あっ、いえ、燈花(とうか)様が足に傷を負ってしまい歩くことが出来ないんです」

 「なんだと?血が出ているではないか!燈花(とうか、)、立てるか?」

 「え、えぇ、痛っ…」

 立ちあがろうとしたが、やはり足首に激痛を感じしゃがみこんだ。傷は思ったよりも深いらしく、ズキンズキンと熱く痛みだした。

 「その足では無理だな、私が抱えていくゆえ案ずるな」

 山代王はそう言うと、ひょいっと私の体を持ち上げ抱えて歩きだした。顔から火が出るほど恥ずかしかった。お姫様だっこなど生涯された事はない。

 「や、山代王様、いけません。誰かが見たら何と言うか、、」

 慌てて言ったが、山代王は涼しい顔のまま答えた。

 「何がまずいのだ、そなたイノシシの餌になりたいのか?さぁ急いで馬の所まで戻ろう」

 意地悪そうに笑った山代王の顔はあどけない少年のようだった。そうだった。まだこの青年は二十歳少し過ぎたくらいだった。私は恥ずかしくて顔を覆った。