「何~そなた我が国の皇帝陛下を侮辱しておるのか!! 何を舞っているのかもわからぬ低俗な下々の者と、酒を酌み交わすことなどあり得ぬわ!」

 男はさらに真っ赤になり逆上して言った。

 一瞬でその場は静まりかえり伎楽の音が止んだ。少年達も凍りついたように舞台の上で動かずこちらを緊張の眼差しで見ている。一触即発とはまさしくこのこと、今にも大乱闘が始まりそうだ。使節団の護衛らしき別の男が剣に手を置こうとしているのがわかった。
 
 私は意を決して震える声で言った。

 「お待ちください…これは、蘭陵王(らりょうおう)入陣曲です…」

 そしてもう一度、大きめの声で答えた。

 「この舞は北斉(ほくせい)の皇族である高長恭(こうちょうきょう)、彼の勇猛を称えた歌謡です」

 これを聞いた通訳官が慌てて訳すと、使節団が一様にどよめいた。中でも一番年老いた男の表情が豹変した。おそらくこの使節団の団長であろう。静かにこちらを向きじっと見ている。私は続けて言った。

 「高長恭(こうちょうきょう)こと蘭陵王(らりょうおう)はたった馬500騎を率いて、北周の10万の軍を破りました。数々の戦功をたてましたが、その勇敢さと武勲がのちの皇帝から羨まれ恨みを買ってしまい33才の時、毒薬を賜り亡くなったのです。勇猛な将軍である一方で、その姿は見目麗しく(みめうるわしく)しく、音容兼美(おんようけんび)とも史書には明記されています。また軍功を称えて果物を贈られた際も、配下の将兵に分け与え、謙虚で慈悲深い人物でもあったと記されています。高長恭(こうちょうきょう)を慕う北斉(ほくせい)の兵たちが彼を称えて作ったのがこの蘭陵王(らりょうおう)入陣曲です」

 通訳官が訳し終わると、しばしの沈黙のあと使節団の長老らしき男がゆっくり立ち上がり茅渟王(ちぬおう)に近づいた。彼は静かに両手を胸の前で合わせると深々と頭を下げた。

 「大王殿、此度の我々の浅はかで無礼な言動をどうかお許し下さい。下女でさえもかように勇敢で聡明であればこの国の未来は明るく安泰でありましょう。我が国が理想とする大平の世をまさにこの国で見た想いです」

 その発言をもとに使節団の全員が初めは驚いた表情をしていたが一斉に立ち上がると、団長に引き続きこちらを向き両手を胸の前で合わせて頭を下げた。悪態をついた男も一瞬で酔いがさめたのか、バツが悪そうに私を見て渋々頭を下げた。

 「唐と我が国の友情に乾杯!!」

 誰かが大声で叫んだ。一気にその場は和み、また宴は更に賑やかさを増した。