『山代王よ、唐の使節団が待っているゆえ一緒に来てくれ」
「はっ」
舞台の目の前の宴席には赤い敷物がひかれ、机の上には色とりどりの器に豪華な食事が美しく盛られている。唐の使節団や王家一族、朝廷の高官らは既に着座し、まだかまだかとチラチラこちらを見ている。
「兄上、彼女も共に座っても構いませんか?先ほど一緒に舞を見ようと約束したのです」
「山代王様いけません。私は中宮様の使いで参りましたただの女官です。卑しい身でありこのような立派な宴の席には相応しくありません。用事も済みましたので失礼させて頂きます」
知っている限りの丁寧な言葉を並べその場を去ろうとすると、茅渟王がすかさず言った。
「待ちなさい、ふむ…簡単に約束を破るような君主に民は仕えるだろうか?それでは山代王の顔が立たぬ。これも何かの縁であろう。そなたも共に来なさい」
「えっ⁉︎はっ…はい…」
小さな声で仕方なしに答えたが、本当はすぐにでもこの場を立ち去りたかった。そのまま山代王の隣の席に案内され座った。茅渟王や高官達は通訳官を交えると、先に着座していた使節団となにやら話しだした。
ピーヒャララ、ドンドンドンと演奏が始まると、少年達が舞台の上にあがってきて笛や太鼓の男に合わせて踊り始めた。
なんでこうなるのだろう…
少年達の舞をぼんやりと眺めながらそう思っていた。
あれっ、この舞は…
固く握りしめた両手がじんじんと痺れ始めた。
「そなた知っているか、伎楽とはその昔、呉の国で始まり百済を渡り我が国に伝わってきたのだ。先代の王の時より法事や重要な催しがある時には必ず舞うようにと、決められている」
山代王が得意げに言った。
「そうなのですね…」
しばらく少年達の伎楽の舞を静かに見ていた。使節団の男達も大量の酒を飲み始め、愉快そうに笑っている。
一人の男が酒の瓶を持ちながら立ち上がりフラフラと歩きだした。真っ赤な顔で目はうつろだ。相当泥酔しているとみえ足元がおぼつかない。今にも転びそうだ。男は私を見ると近づいてきてカタコトの言葉で絡んできた。
「この国では卑しい身分の下女でさえも、舞を見る機会が与えられるのか?身分制度をしかと教えませんと中央政権はもとより、国が崩壊してしまいますぞ。フッフッフッ…ハハハハハ」
男が腹を抱えて笑い始めた。黙って聞いていたた山代王も聞くに耐えなくなったのか、ギロりと男を睨み立ち上がった。今にも飛びかかりそうな勢いだ。
まずいわ…嫌な予感がする…
「お止め下さい山代王様、何も気になさらないでください。皆さん酔っておられますし、唐の皇帝陛下即位の祝いの宴です。卑しい身の私がこの場にいるのがそもそも分不相応なのでございます」
一礼をして立ち去ろうとした時だ。
「その必要はない。そなたもこの舞が終わるまで残りなさい」
この様子を見ていた茅渟王が静かに言い立ち上がると、宴はさらに不穏な空気に包まれた。
「お言葉を返すようだが、我が民や国あらずに天子は存在しない。この国では皆平等に機会が与えられるのですよ」
茅渟王がきっぱりと男に向かって言った。
