その日もまた宴の準備などであっという間に一日が過ぎた。私は役に立たちそうもないので、屋敷の隅で邪魔にならないように、静かに見守る事に徹した。この日も床についた時には夜空にすっかり月が上がっていた。

 明日は大変な一日になりそうだわ…何事もないと良いのだけれど…

 深いため息をつき目を閉じた。

 チュンチュン、チュンチュン、パタパタ、パタパタ。早朝から外が騒がしい。まだ眠い目をこすりながら小屋の外を覗いてみると、小走りしている侍女達が見えた。しばらくその光景を眺めていると、小彩(こさ)が美しい深紫色の衣をもってやってきた。泣き腫らした目の腫れも消えて、昨日よりもだいぶ顔色が良い。憂はあるものの、大きな宴に出向くのは滅多にないみたいだから、楽しみの方が今は大きいのだろう。

 身なりを整えいつもの坂を下り馬車のもとへと急いだ。(たちばな)宮から北東方向、小一時間ほど走った山の中腹あたりに大王の宮殿があった。小墾田宮(おはりだのみや)に良く似ていて入口には立派な二本の太い柱の門があり、敷地は土の塀で囲まれている。宮殿の中には既に沢山の客人がいるようで、賑やかな笑い声が外まで聞こえてきた。

 「立派なお屋敷ね」

 「はい、ここを使われていた先代の大王様が数年前にお亡くなりになり、今は山代王(やましおう)様の兄である茅渟王(ちぬおう)様が居を構えておられます」

 「茅渟王(ちぬおう)様?…」

 茅渟王(ちぬおう)の事はあまり詳しくわからないけれど、山代王(やましろおう)と兄弟?…ということは二人とも日十大王(ひとだいおう)様のご子息かしら?よくわからないけれど、大和朝廷を支える重要人物なのは間違いなさそうね…

 「おい、そこの女、何を突っ立っているのだ、怪しい者ではないだろうな?」

 門番の男がぶっきらぼうに言ってきた。

 「いえ怪しい者ではありません。小墾田宮(おはりだのみや)の中宮さまの使いで参りました。山代王(やましろおう)様にお取り次頂きたいのですが…」

 小彩(こさ)が手に持っていた竹簡を門番の男に見せると、男はいかにも疑わしいという目でジロジロと竹簡を見た。

 「まぁ、良い。確認してくるから、ここで待っておれ」

 男は竹簡を持ち屋敷の中へ入っていった。しばらく門の外で待っていると、今度は別の若い男がやって来た。色白で背が高く身なりも清潔で気品に溢れている。

 「中宮様からの使いとは知らずに無礼を致しました、私は山代王(やましろおう)様の臣下で冬韻(とういん)と申します。お屋敷にご案内致しますのでどうぞ」

 冬韻(とういん)の誠実で紳士的な態度にホッと安堵した。初対面ではあるがなせが信頼できると直感的に感じた。私達はうなずくと彼の後について歩き始めた。