暗闇の中だったが不思議と怖くはなかった。歩きはじめてすぐに右手に広がる雑木林の手前に古い木造平屋建ての家屋が見えた。簡素な作りだが、どこか神社仏閣のような神聖な神々しさも感じられる。

 人が住んでいるようには見えなかった。しばらく立ち止まり見ていると突然背後から眩しい太陽の光が差し込み、足元は明るい茶褐色の大地へと変わった。

 地面にはいくつもの丸い穴が均等に掘られていて、教科書で見たことのある古代住居跡のように思えた。 

 今度は弥生時代にでも来たのだろうかと一瞬慌てたが、次の瞬間、またさきほど居た場所へと戻った。さっきとは様子が異なり辺りはオレンジ色の陽が差し込んでいて、とても幻想的だった。

 これから夜が明けるのか、または日が沈むのか、なんとも言えない絶妙なオレンジに染められた美しい光景だった。

 その優しい光の中に鮮やかな緑の段々畑と遠く山々が連なっているのが見えた。

 「…諸行無常、であろう?燈花(とうか)

 突然背後からかすれた声が聞こえた。驚いて振り返ったが、誰も居ない。同時になんとも複雑な感情が沸いてきた。

 何がそんなに悲しいのか、それとも儚い世だと嘆いているのか、はたまた何かを悔やんでいるのか、自身の感情なのか、または別の誰かの想いなのかも訳がわからないまま、ただただ胸の締め付けを感じその場に立ちすくんでいた。

 ヒグラシの鳴く声が聞こえると同時に暖かい風が一瞬吹き、ベッドの中で目を覚ました。いつもと変わらぬ天井を確認し、ゆっくりと起き上がると部屋の中を見回した。何も変わらない自分の部屋だ。もう一度横たわり目を閉じた。

  知らない土地の不思議な夢…あの声はなんだったのだろう、確実に女性の声だったけど…

 再びキュンと胸が締め付けられた。起きてもなお、なぜか胸の痛みが残っていた。