「申し訳ありません!申し訳ありません。川の音と夕闇で、気付くのが遅くなってしまったのです。どうかお許し下さい」

 小彩(こさ)は直ぐにその場でしゃがみこみ震える声で額を地面につけ詫びた。

 「勝手な事を申すな、我らの馬を止めるなど不届き千万、落馬でもしようものなら、その場で斬首だ!」

 「も、申し訳ありません!どうかお許し下さい!」

 小彩(こさ)はぶるぶる震え顔は真っ青だ。私は立ち上がると、体に力を込め二人を見た。

 「お待ち下さい!こちらの道や橋もそもそもあなた方のものではないでしょう?日暮れだというのにそんな速さで馬を走らせるなんて危険だとは思わなかったのですか?この道や橋を苦労して作った民をいとも簡単に殺すとおっしゃるなんて、無慈悲で仏の心もなく人の道理から外れていらっしゃいます!」

 やってしまった…あれほど気をつけるべきだったのに、完全に冷静ではなかった…でも、どうしても我慢が出来なかった。

 私の怒りは静まることなく、更に拍車がかかった。背筋をピンと伸ばし毅然とした態度で髭面の男を睨み続けた。

 「なにぃ~無礼もの!小娘のくせに生意気な!我ら一族を知らぬのか!」

 髭面の男はますます怒ったのか顔を真っ赤にして、フンッフンッと鼻息を荒げ腰にさしてある剣に手をおいた。

   私の時代では歩行者優先よ!!

 この言葉が喉の奥まで出ていたがなんとか我慢した。恐怖心も勿論あったが、どうしてもあの傲慢で威圧的な態度が許せない。負けずにギロリと男を睨みつけた。

 「コ、コイツめ!!」
 
 髭面の男が腰に差した剣を引き抜こうとした時、

 「…やめろ徳多(とこた)、構わぬ。行くぞ」

 静かにことの成り行きを見ていたもう一人の若い男が言った。

 「しかしっ…若様」

 「日も暮れた、こんな茶番に時間を割いている暇はない。行くぞ」

 そして若い男は馬の上から私を見下げ口を開いた。実に冷たい口調で、

 「そなた、そんなに死にたいのであれば、次は馬は止めぬぞ。望み通り馬に跳ねられ死ねば良い」

 そう言い終えると二人の男は勢いよく馬を蹴り上げ、風のように去っていった。二人が去ると緊張がとれたのか、自分が放った言葉を思いだし、その場にへたへたと座り込んだ。

  はぁ…怖かった…死ぬとこだったのかも…

 「燈花(とうか)様!お怪我はありませんでしたか?こんな事になるなんて…ワァ〜ン」

 小彩(こさ)が泣きじゃくりながら必死に私の体を持ち上げた。