老女はしばらく簾越しに私を見つめ言った。

 「簾を上げなさい」

 「えっ、中宮様、しかしですな…」

 小男が慌てて答えた。

 「良いのだ、その女人を見たいのだ」

 中宮が合図を送ると両側にいた侍女達がゆっくりと簾を上げた。

 高座には白髪の年老いた老女が座っていた。顔には深いしわが何本も刻まれているものの、老いてもなお凛とした気品と聡明さを兼ねた姿をしている。端正な目元は切れ長で美しく、口元はきゅっと締まっていてるが、とても穏やかな表情だ。

 「もう少し近寄りなさい」

 「…はい」

 少し戸惑ったが中宮から言われたとおりそばに寄った。中宮の顔は一瞬曇ったようにも見えたが、直ぐにもとの穏やかな表情へと戻った。

 「…はるか、かの地より来たとは、さぞかし大変な旅であっただろう。心配はいらぬゆっくりと休みなさい。名はなんと?」

 「燈花(とうか)と申します」

 「燈花(とうか)…良い名だ、大臣すぐに侍女の小彩(こさ)を呼んできなさい」

 「承知いたしました」

 小男はバタバタと部屋から出ていくと廊下でなにやら叫んでいる。

 何故かしら、推古天皇(すいこてんのう)いや中宮様に初めて会った気がしないわ…とても懐かしくて…この感覚なにかしら…

 また戸が開き、大臣らしき小男が少女を連れて部屋の中へと戻ってきた。少女は下を向いたまま歩き、私の数歩後ろに静かに座った。


 「中宮様、小彩(こさ)でございます。お呼びですか?」


 「ああ、小彩(こさ)よ、この女人は燈花(とうか)と申してな。はるか、かの地から参った私の大切な身内のものだ。誠心誠意仕えてほしいのだが、よいか?」

 少女は顔を上げ私を見ると驚いたように言った。

 「も、もちろんでございます!!」

 よく見ると今朝、たらいの水を運んでくれた少女だ。少女は興奮気味に答え私を見てニコッと笑った。私も何故かほっとして微笑み返した。

 「良かった。では、頼んだぞ…ゴホッゴホ」

 「中宮様大丈夫ですか!?」

 小彩(こさ)が叫んだ。

 「大事ない、もうじき日が暮れる。そなたらは屋敷に戻りなさい。では燈花(とうか)また近いうちに会おう、ゴホッ…」

 中宮は咳き込みながらこちらを見ると少しだけ寂しげに微笑んだ。