本当の事を言うのはやめよう…

 私は元来とても正直で真面目な性格だか、何故かこの時は真実は話すべきではないと思った。

 「部屋の中に入ったら下を向き小股で十歩ほど進んだ後、床に伏せなさい」

 小男が続けて言った。

 「はい…」

 私は覚悟を決め、ぎゅっと手を握った。男は静かに戸を引くと、先に部屋の中へと入っていった。

 部屋の中は薄暗く板の床はひんやりしていた。私は言われた通り十歩進み静かに座ると、額を冷たい床につけた。

 「中宮様、この者が昨日道端に倒れていた女人でございます。武器等は所持してはおりませんが、どこのものなのか出自がわからず疑わしいです。女よどこから参ったのだ、申してみよ」

 小男が言った。

 「はい。…私は遥か東国からやって参りました。途中何故か意識を失い、この地に迷いこんでしまったようです。厄介であれば直ぐに立ち去ります、どうぞお許しください」

 震える声で精一杯丁寧に答えた。

 「そなたは…」

 「えっ?」

 しわがれた老女の声を聞き思わず顔を上げてしまった。まさか暖簾の奥から女性のそして年老いたしわがれた声を聞くとは想像もしていなかったからだ。

 「こら無礼であるぞ!」


 「す、すみません」

 慌ててまた頭をさげたが、大臣らしき小男は声を荒げて言った。

 「そなた、この中宮様が何者か知らぬのか?この都をおさめる天皇の炊屋姫様であるぞ!!」

 えっ天皇?炊屋姫って…まさか推古天皇(すいこてんのう)⁉︎

 胸の鼓動が一気に高鳴り、冷や汗が身体中に噴き出しはじめた。

 嘘でしょ?もし本当ならば、私、今、飛鳥時代にいるってこと?

 パニックで心臓はバクバクと鳴り、今にも外に飛び出しそうだ。床についた指の震えも止まらずに、カカタカタと小さく床を叩く音が鳴り響いている。額から冷や汗がぽとりと床に落ちた。

 「おびえることはない、顔を上げなさい」

 優しくかすれた声で中宮が言った。

 「しかし…」

 大臣の小男が慌てて言った。

 「構わぬ、顔が見たいのだ」

 中宮はやや強い口調で小男の言葉をはねのけた。

 「はぁ、承知しました…では女よ、顔を上げよ」

 「…はい」

 緊張で破裂しそうな心臓を落ち着かせながら、ゆっくり顔を上げた。かすかな外からの光と蝋燭の灯りだけの薄暗さだったが、真正面は高座になっていて白い薄い絹布で覆われている様子がわかった。そしてその奥にはうっすらと小さな女性の影が見えた