私は形の一定しないものが苦手だ。見るのも嫌だし、触るなんて考えただけで気分が悪くなる。
 そんな私がアメーバへの同化体験学習をさせられるとは!
 教室の掲示板に貼られた割り当て表を見て、私は卒倒しかけた。だが、ここで気を失うわけにはいかない。私が在学中の魔法学校は生徒の健康にとても気を遣う。もし気絶したら保健室へ運ばれ検査だ。そして全身から注射針の生えたハリネズミの保健の先生の出番となる。採血の注射も私は苦手なので絶対に失神できない。もしものときは注射針を魔力で曲げてやる。いや、その前にアメーバに合体する実習を断固拒否だ!
 私は担任の教師にテレパシーで事情を説明し、別の体験学習への変更をお願いした。最新型AI搭載のロボット教師は私の要求に応じなかった。苦手を克服することも体験学習の目的だから、との理由だった。
 ロボット教師の石頭に私の得意技メテオ・ド・ストライク(宇宙から巨大な隕石を落下させる)を食らわしたくなったけれど、私はおしとやかな優等生ということになっているので止めた。代わりに切々と訴える。
「おぞましいですわ! ぐちゃぐにゃしたスライムの体内に入るなんて、繊細な私には耐えられませんわ!」
「我慢しなさい。ぐちゃぐちゃ&ぐにゃぐにゃしている存在に入り、それと同化するための訓練です。それから、スライムではなくアメーバですから」
「スライムでもアメーバでも同じことですわ! ああ汚らわしい。私の清純が汚されてしまいます! 花嫁の純潔を信じて下さる未来の夫に申し訳が立ちません!」
 私が非処女であることをロボット教師はやんわりと指摘した。なぜバレたのか? それはともかく実習の日が来た。魂だけの身軽な姿に変身した私は泣く泣く異世界に転移する。そこは知性あるアメーバの生息地だった。魂だけの存在になって宙を舞う私の下は見渡す限り海だ。そこに私が同化体験するアメーバがいるはずなのだが、この大海原からたった一個の単細胞生物を探し出すのは無理だろう。砂浜に落ちた差し歯を見つけ出す方が簡単だ……と思っていたら!
「魔法学校の生徒さんって、あなた?」
 誰かが私にテレパシーで話しかけてきた。そうですと答えたら相手は自己紹介した。
「僕が君を担当するアメーバだ。よろしく」
「よろしく。あの、どちらにいらっしゃるの?」
「君の下」
「海しか見えませんけど」
「海に見えるけど、それが僕」
 眼下に広がっているのは海ではなく巨大なアメーバだったのだ。私は驚いたけど、もっと驚かされる事態が待ち受けていた。
「今から君を体内に入れるけど、驚かないでね」
 足元の水が一気にせりあがり私の全身を包む。私は焦った。水の中で溺れ窒息すると思ったためだ。
「げぼぼぼぼ」
「落ち着いて。君は魂だけの存在になっているから溺れないよ」
 そうだった。私ってあわてんぼう! とか言っている間にも、視界いっぱいに海水じゃなかった、アメーバ体内の空間が広がっていく。そこは静かな場所だった。透明度は怖くなるくらい高い。光線の具合で液体は時にエメラルド色に光るけれど基本の色は青と緑の清純な世界は暖かで過ごしやすく、心地好かった。私以外は誰も、何もいない。いいえ、ごくたまに、遠くに何かが動いているのが見えた。それが何なのかアメーバに聞いてみると、アメーバの体を維持する小器官だという返事が返ってきた。
「人間でいう内臓の一種だよ。悪い物じゃないから心配しないでね」
 アメーバも生き物だから色々な臓器があるのだろう。そういった臓器が働いてくれるからこそ、こうして奇麗な体が保てるのだ。肉体のない状態の私はアメーバの中を自由自在に動き回り、楽しんだ。重たい体が無いと、どれほど楽か! と思った。その快適さに慣れた頃アメーバから「そろそろ時間だから戻りましょう」と言われ、嘆き悲しんだ。
「ええっ、もう時間! もっと泳ぎたい!」
「延長だと追加料金が掛かるよ」
「じゃいいです」
 楽しい時間が終わり、私は魔法学校へ戻った。素敵な夢から覚めた感じがして、何もかもが色あせて見える。溜息が出る。
 とりあえず私の抱えていた形の一定しないものに対する嫌悪感は薄らいだ。しかし、まだ完全消失には至っていない。それでは駄目だとロボット教師は判断したらしい。
「まだ修行が足りませんね」
「それじゃ、またあのアメーバの中へ行けるの?」
 その逆だった。あのアメーバを私の体内へ転移させ、一緒に過ごさせることが決まった。しばらくアメーバに寄生してもらって、それに慣れることで不定形なものへの苦手意識を無くすのだそうだ。
「魔法使いの国家試験ではオールマイティーな能力が必要とされるからね、弱点の不定形を乗り越えて!」
 不定形へのこだわりがあるのは、そっちだろう! まあいいや。あのアメーバは清潔だから寄生されても病気の心配はなく適度なダイエット効果が期待されるのだそうだ。そうだったらアメーバが体内に寄生するとどうなるか、多少の興味がある。本当に食べても太らない体になるのなら、長居をしてもらうつもりだ。もちろん家賃はいただく。