「今はまだそっとしておいた方が良いと思います。もし、あの時の記憶を無くしているのなら、私はそのままの方が彩さんにとって良いと思います。」
「そうですね。私も彩が辛い思いをするのは…。」
「これから時間をかけて検査していく方向で大丈夫ですか?」
それから彩が退院できたのは10日後だった。
検査の結果、事件の記憶は無いと判断された。
けれど、目を覚ましてからの彩は心ここに在らずといった様子だった。
自分の名前や家族、家の住所など、日常生活に支障はないが、寝て食べる以外の時間はぼーっと過ごしていた。
経過観察が必要だが、退院して自分の生活に戻ったら何かしら反応があるだろうということになった。
退院して1週間家で過ごすものの、変化はなかった。
でも、1つだけ。彩が肌身離さないものができた。
ぼーっとしていても、いつも手には携帯が握りしめられていた。
両親は彩が肌身離さない携帯のケースに挟まれている紙を見ている。
娘に想い人がいたのかもしれない。
そう思ったら彩を抱きしめずにはいられなかった。
そして、怖い思いをしたのだからと休学させようかまで相談していた両親の気持ちが決まった。



